2008/11/21

てんちの杜 ふたたび・11月7日



 家族で日本に帰ったら、絶対に連れて行きたいと思っていたところは、いろいろあったのだが、なんといっても《てんちの杜》には行かねばならないと思っていた。大雨が降ったり種子島に行ったりしたので、《てんちの杜》に行くのがのびのびになってしまった

 子どもたちの学校が終わって、母の病院も終わってから出掛けたので、ずいぶん暗くなってしまった。案内役の従兄が待っていてくれた。この従兄は(も)いろいろやっている。指宿で、縄文の森をつくろうとか、ゲンジボタルを育成しようとか、菜の花マラソンでダブル・フルマラソンをやろうとか、いろいろだ。以前からこの日記でもこの従兄は登場している。

 数日前に同級生と飲み会をやった時に、この夏《てんちの杜》で野外コンサートがあって、ゲンジボタルが飛び交う中でのコンサートは、じつに感動的だったと、(もと?)ミュージシャンのミオが言った。今年の2月に帰った時には、ゲンジボタルが捕食するカワニナを放すせせらぎを作っているところだった。せせらぎはじつは《人工》のもので、ポンプを動かすために太陽光発電のパネルをつけようと募金を募っているところだった。友だちのはなしで「蛍が飛んだーってことは、つまり《てんちの杜》がうまくいってるんだ!」ということなので、ぜひ見に行きたいのだった。

 小さいころから何度も母と揖宿神社に来たことがある。でも、裏まで入ったことはなかった。
 神社裏の杉林を片付けた時に出たスギ材で作った、とってもよい香りの野外コンサートのステージと、真新しい太陽光発電のパネルができあがっていた。地域の子どもたちが米作りを終わった田んぼと、カワニナが育つせせらぎも。大雨で溢れた池を神社の宮司さんであるコウノさんがお掃除中だった。フワフワと不思議な歩き心地のウッドチップを撒いた散歩道が続く。
 大きなちょうちょが飛んで来る。

 「このチョウチョは台湾までも飛んで行くんだよ。このチョウチョの羽に名前を書いてそれがどこで観察されたか、各地の人とやり取りもできるんだ。このチョウチョが指宿に寄ってくれるように、わざとチョウチョの好きなこの木や、そして次のシーズンに戻って来た時に喜んでもらえるようにあの花を植えているんだよ。」
 従兄が教えてくれる。その情熱の熱さを感じる、くわしい解説だった。
 蝶、花、木の名前も忘れてしまって情けないのだが、ガイドの従兄が説明してくれたおかげで、子どもたちにとっては素晴らしい課外授業となった。(大人たちにも)

 その杜には、絶え掛けている古代の木や、区画整理などで移動を強制させられていた木々、昔ながらの指宿の木々草花が丁寧に心をこめて生かされていた。まだ若い森なので、木々がまばらだ。でも、木が大きく育って枝を広げることを計算して、となりの木との距離をちゃんと広くとってある。秋を前にそして夕方の暗がりの中で、林はひっそりとしていたが、夜の間にどんどん伸びるトトロの木が思い浮かんだ。

 縄文の森をつくろう会のメンバーと、夜の《呑んかた》をしましょうと誘われた。