2007/05/29

秋祭りみたいだった



 金曜日に湖でボート実習をやった時には、たしかに30度を超えていた。みんな短パンにノースリーブを着て、ボート実習の前に日焼け止めクリームを塗った。帽子を忘れた子は叱られていた。

 なのに。。。金曜日に自転車の子どもたちが校門に到着してから、急にお天気が崩れ始め、その日の夜は暴風雨となった。
そして週末、いきなり「寒い」。

 この連休には、毎年楽しみにしているビオシベルというマルシェがある。日曜日はたまに晴れ間が見えたりして、なんとか雨にも見舞われずラッキーだった。月曜日は暴風雨で、気温も13度以下だったから、うちで布団の中に居て正解だった。(学校は聖霊のお祭だとかで休み)
 
 ビオシベルのマルシェは、無農薬の野菜や、フェア・トレード*の製品(コーヒーや砂糖など)、手作りのチーズやワイン、ジュースなど、自然素材の雑貨、アレルギーの起こらない自然の綿や麻で作った衣類、革製品、木工、陶器、自然素材の化粧品や石けんなどの販売のほかに、エコロジカル・ハウスの提案、原子力の危険性を訴えるコーナーや太陽熱エネルギー、風力発電の安全性を訴えるコーナーや水処理、水節約に関する講習会などなど。。。地球を考える、をテーマに、いろんなスタンドが出ている。

 JPは、仕事用のシャツと10年も持ちそうな靴を買った。この人は身につけるものを買うってことが滅多にない。毎年1回この市でいい物を買って、長持ちさせてくれる。わたしは夏のサンダルを買った。ベルトが調整できて、おじさんがわたしの足に合わせて穴を開けてくれたので、晴れた左足で合わせたけど大丈夫だろう。
 手作りパン、粘土細工、家庭菜園のスタンドでは実際に参加することができる。子どもたちはサーカスのスタンドが大好き。
JPは一輪車にも挑戦した。ノエミは玉乗り。ゾエは綱渡り。わたしは無茶をせず見学。

 そしてわたしは、インド料理のスタンドが大好き。。。
毎年のパターンは朝から出かけて、マルシェの特設青空レストランで食べて、夕方まで遊ぶコース。
外食はあまり好きじゃないJPが、必ず「青空レストランで食べよう!」と言う。
インド料理のスタンドで、わたしとJPはメニュー・コンプレという、アントレからデザートまでセットになった定食を頼んだ。
インドの野菜カレーと、チャイっていう甘いお茶と、ミックスサラダとココナツのデザートのセット。
ババクールみたいにヒゲを伸ばした、キリストみたいに痩せたお兄さんが、インドカレーをかき混ぜていた。(ターバンしてくれてたらおもしろかったのに)

 子どもたちは隣のスタンドでソーセージ・フリット(ソーセージのグリルとフライドポテト)
ソーセージにスパイスが利きすぎていて、ゾエはあまり食べられなかった。代わりに皮のついたまま揚げられた、長方形ではないフライドポテトをガリガリおいしそうに食べて、わたしのミックスサラダと、ココナツのデザートを食べた。
 ゾエは朝から食べ物のスタンドの前を通るたびに、「綿アメ買って〜」とか「カメの形のパンが食べた〜い」とか「アイスクリーム食べたい」とか。。。わたしの代わりに言っていた。
 子どもたちはデザートにもシャーベットを食べたのに、3時のおやつにも食べた。3時には綿アメの前に行列ができていたので、ゾエを説得して、アイスクリームやに連れて行くのに苦労した。
ノエミが頼んだ《バラの花びらのシャーベット》はとってもおいしかった。
 わたしは「寒いからアイスクリームは嫌」と言って、アイスクリームは食べずにレモンの皮のみじん切りがいっぱい入った、昔ながら製法のレモネードを飲んだ。瓶を返しに来てと言われたので、スタンドの前で立ち飲みした。
 「ダイエット始めたのに、食べすぎた」と言っていたらJPが、「あのメニューには野菜しかなかったから大丈夫だよ」と言ったけど、じつはJPが見ていない時に、ゾエが食べられなかったソーセージと、フライドポテトも食べた。残しちゃいけないと思って。。。
ああ、これだからよお〜。
 公衆トイレは、JPが憧れている、水を使わないトイレ。「ドッポン」ではない。詳しくは去年の日記を読んでもらいたい。係りの人に説明を受けてすっかりその気になっている。でもうちには広い庭がないからねえ。。。無理無理。

*フェアトレードの製品というのは、コーヒー園などでの奴隷のような労働を監視し、先進国で売られた製品のお金が、確実に発展途上国の労働者の利益につながるように、安心して売買されていることを保証するマークがついている製品のこと。

2007/05/25

自転車遠足とボート実習



http://pedagogie.ac-toulouse.fr/eco-pri-jaures-carmaux/voile1.html

 週末ともなれば、足もずいぶん楽になった。
 この日は、小学5年生のクラスで自転車遠足が予定されていて、引率の大人が自転車参加3人、自動車参加2人必要となっていた。担任の先生がずいぶん大変な思いをして、ようやく5人の保護者を確保したことはよく知っていたし、前日ぐらいから唸らずとも車を運転できるようになっていたのでスリッパで参加した。固定用の添え木のせいで靴が履けないから。

 日中は30度ぐらい。暑かった〜〜。
でも、子どもたちはがんばって湖まで完走。そのあとお弁当を食べて、湖でボート実習があった。
 引率の保護者会と、教師会、ボートクラブのインストラクターとで分担して用意した昼食だったので、アペリチフに始まり、アントレ、メイン、チーズ、デザート、コーヒーまで、フルコースのランチとなった。ワインも5本あった。先生たちも昼間っから生徒の前で飲むあたりがフランスだ。

 引率の女性軍団4名(わたしも含む)は、子どもたちがボート実習をやっている間、ボート小屋からペダロを出してもらった。ペダロというのはペダルで進むボート。ペダルを踏まなきゃ進まない。大丈夫かなあ、と思ったけど、ちゃんと踏めた。競争にも勝った。
 どうやら横のぶれには痛みが走るけれども、縦の動きは大丈夫みたいだ。固定してあれば自転車でもこげそう。

 予報通りお天気が午後から崩れてきて、小学校の門を入ったら、大粒の雨が落ちてきた。ぎりぎりセーフだった。
この自転車遠足とボート実習は、6月にあと3回行われる。わたしは全部に参加する予定。自転車を持っていないので、自転車引率資格試験の講習を受けなかった。だから一番楽な自動車参加。
 その間、幼稚園のバス遠足の引率も頼まれている。
 
 子どもたちの課外行事に参加するのは大好きだ。むかし憧れた幼稚園の先生になった気分が味わえるし、子どもたちの名前も覚えられる。先生たちが子どもたちにどんな罵声を発するかもわかるし、先生の前では子どもたちの弱点が見えたりもする。一日、子どもたちがなにを見聞きしたのかを知ることができるので、引率を頼まれたらすぐに出て行く。教師が責任を持てる児童の数が決められているので、課外活動の時には保護者の参加が足りない場合、取りやめになる場合まである。校外に出る時に23人の子どもたちを、担任ひとりで面倒みろというのは、無理というもの。5年生のクラスにはアシスタントもいる。
 
 ノエミは今度の9月に中学生になるので、来年は幼稚園と中学校のPTAが待っている。娘と同じぐらい、母だってキンチョーしている。

2007/05/24

自業自得

 剣道の講習会で痛い目に遭った。腫れている。
月曜日「ぎゃあー」「ううー」と叫びながら、自分で車を運転して病院に行った。(うちのはオートマチックじゃないから、ギヤの切り替えっていうものがあるのだ)マスリ先生の医院ではレントゲンは撮ってもらえないので、直接緊急病院に行った。田舎の緊急病院はいつも暇してるので、待たずに診てもらえる。軽い捻挫だったので、痛み止めを飲んで、固定する道具で休ませて、来週になったらマッサージに通いなさいと言われた。
 薬は嫌いなので痛み止めは飲まなかった。痛み止めというのは滅多に飲まない。骨折した時も飲まなかった。骨折した時には、家人に申し訳なかったので、痛くないふりをして夜遅くまで歩き回り(飛び跳ねてたけど)、子どもにごはんを食べさせて、お風呂に入れて、パジャマを着せてから、JPに「痛いから医者に連れて行って」と言って驚かれた。痩せてもいないのにやせ我慢をして、こおんなことで驚かす方も変だけど、骨折してる妻がどうして平気だと思えるんだか。。。JPのこの超鈍感さには驚きだ。
 固定する道具は、4年前に骨折をした時のがあるので、こんなのでいいですか?と訊こうと思って病院にも持参していた。
 「なあんだ、道具は揃ってるじゃないですか。そんなに準備のいい人はいつでも怪我できますね」って、アンタ。。。。それはあんまりじゃ?

 火曜日には、また「ううー」とか「ぐぐぐー」と唸りつつ、自分で運転してスーパーに買い物に出かけた。
駐車場でアルビの道場のドレイ先生にばったり会ってしまった。会いたくない人には会いたくない場所で会うに決まっている。
 ドレイ先生は講習会には参加していなかったし、「そんなところに行かずともお前にはワシがいるじゃろう」と言われつつも、日本からいらっしゃる先生にぜひともお会いしたかったので、「通訳頼まれちゃってー」と言いながら出かけて行っていた、わたしは裏切り者だったのだ。

 ドレイ先生はわたしの足を見て、鼻で笑った。
「ま、今回は骨折じゃないそうだから。ははは」と頭をかいてるわたしに、
「普段の稽古が足りないから足元がふらついていたんだろう。たまに稽古に出ていいカッコするからじゃい」と言われてしまった。

     ぐぅ

 こんな足でいつものように巨大スーパーなんぞに来てしまったバカなわたしは、痛い足をキャリーに引っかけて、スーパー内をスーイスーイと滑りながら、順調に買い物できたのに、たまにブレーキが利かずに「うぐぐー」と唸るという。。。変な客をやってしまった。

 夜はPTAの会議で、ビッコ引いて出かけたらみんなに「どうしたの?どうしたの?」と訊かれるであろうことは覚悟していた。
さらに「また、どうやって転んだわけ?」と訊きたがる母親軍団に、「へへへ」と笑ってごまかしていたのに、
「剣道で転んだんだよねー」
秘密だよと言って事実を教えたラッシェルに、みごと裏切られてしまった。
ノエミも教室で言いふらしてるらしい。
 わたしのプライバシーがバレバレ。まさに自業自得?
痛い目に遭わなければ、人生は語れないのだなあ。。。ふっ(ううう)

2007/05/21

trois jours de Kendo

J'ai participe au stage de kendo a Toulouse, pendant trois jours.
Mes filles etaient avec moi le samedi et le dimanche, elles ont fait des amis.
Le professeur Uegaki, est un homme souriant et communicatif, il a de grand coeur ouvert , aime a aimer des gens.
J'ai passe trois jours bien agreable, rempli de bon enseignement, un peu de Bobo mais pas si grave. Je me suis bien amusee et j'ai bien appris. Il m'a confirme ce que je dois chercher sur ma voie, il m'a félicite ce que je lui ai montre, tout ce que je sais faire.
Il nous a enseigne beaucoup de choses de la vie a travers cet art.

Les photos du stage sont au cours de distribution entre les copains.
En attendant, vous pouvez vous faire connaitre avec la photo de Julien qui etait au club de kendo de Toulouse jusque'a l'annee derniere mais il est parti en Nouvelle-Caledonie ou mes copains de kendo l'ont " adopte " a Nouemea.

http://www.julienthomazo.com/galerie/thumbnails.php?album=30

2007/05/20

剣道講習会 三日目

 子どもたちは6時半に起きた。素晴らしいっ。そんなに面白かったんだろうか?
わたしは興奮していたせいか、ほとんど眠れず。
稽古は9時半からだったので、7時半に家をでた。途中でガソリンも入れねばならない。今週はよく走ったなあ。。。

 土曜日に昇段試験が終わったので、日曜日にはもう来なくてもいいと思った人も多かったようだ。若造クンのように「また形をやるんだったら無駄」と思った人もいたのかもしれないし、土曜日よりもお天気もよかったからだろうか?数が少なくて動きやすかった。
 若造クンは宣言通り、欠席。

 土曜日に大太刀の形を7本まで終わったので、日曜日は小太刀の3本。この日記を読んでいる人のほとんどは剣道なんか興味ないと思うので、こまかい解説はパス。うちのクラブでは形をほとんどやらないので、すっかり忘れてしまった。講習会が終わったら復習をして、ノートにメモをしておかなければ。
 
 小太刀というのは、普通の木刀よりも小さい木刀で、大太刀(普通の木刀)と《しのぎ》を触れ合わせるには、身体を半身にして、腕を伸ばさなければならない。小さく動いて相手の攻撃を素早くかわし敵を攪乱させるんじゃ、と先生がおっしゃるので、
「なあんだ、じゃあ剣道のときのわたし対オアロさん(190センチ)ですね」と言ったら、
「ソーソーソー、わかっとるやん」と言われてしまった。 剣道に応用できなければあまり意味ないのだ。

 言うは易し、行うは難し

 お昼は先生とレストランに行った。先生は200グラムぐらいのステーキに目を丸くされていた。
「はよ稽古帰らんなら、身体冷とうなってしまうやんか」とおっしゃる先生。みんなは構わずにチーズもデザートも食べている。
わたしもすっかり冷とうなってしまった。

 午後はさらに人が減っていた。でもおかげで防具を着けての稽古にはもってこい。体育館の中が広々している。
たくさん走って、身体も温まって来たので、最後にまた先生にお稽古を付けていただこうと張り切っていたのに。。。
ああ。。。最後の10分というところで。。。《合い掛かり稽古》という、双方打ちまくりの稽古の時に、だれかの脚につまづいて、転んでしまったあああああああ。がーん。

 ゴキっと音がしたので、ドキッとした。
全然立てなかったので、これは《また》同じところを骨折しちゃったかなあー?といやあな予感。
みんなが寄って来て、ズルズルと体育館の脇に押しやられてしまった。


 先生が「なんだ、アキレス切りよったかい思て、びっくりしたがな。大丈夫、折れとらん。折れとらん。大丈夫やー。」
と笑っておっしゃるので「え?なに?続けてやんなきゃ、だめ?」と思ったが、ちょおっと痛すぎ。痛みに強いわたしでも、これはちょおおっと無理。

 結局、緊急冷却作用のスプレーを持って来たロランにやめろと言われ、《霊気》で直してくれるというギヨムに呼び止められ、身体を温めるクリーム持ってるという若者にも脚を掴まれ。。。稽古終わってしまった。あーあ。

 先生は、講習会でも最高齢のブレッセさん(6段)を前に呼んで、面を打たせ、彼のきれいな面をずいぶん褒めていらっしゃった。若い子たちに「あんたらよい先輩いらっしゃるな」とおっしゃった。
 ブレッセさんよりも15歳ぐらい歳若い、現役技術指導責任者のロランとオアロさんを前に出して、先生との立ち会いを披露した。気合いが入っていて、《形》も《上段》も素晴らしかった。先生はその人たちのことを大変褒め、わたしたちに向かって「あんたらいい指導者持ってはるわ」とおっしゃった。 そして、「自分よりも前にフランスに来て、あなた方の先輩を立派に育ててくださった、過去の先生方が素晴らしかったんですよ。先輩たちがんばっていますね」と絶賛された。

 子どもたちを前に出し、いっしょに動いて、褒めて、拍手を送り、子どもたちには「剣道を教えてくれる大人の先輩と、稽古に協力してくれる親に感謝しなさい」とおっしゃった。

 まじめにやっている人、続けている人、若い人の指導に当たっている人、小さいクラブを立ち上げている人、遠くから時間を掛けて来た人、三日間ずっと来た人、子どもたち。。。順々に褒めて行った。
 若い子たちだけが「もっと気合い入れんとあかんよ」と叱られていた。

 褒められない人はもう居ないというぐらい、みんな褒めていただいた。先生に引き立てていただいたからこそできた、きれいな一本を打てた初級者たちも、三日でぐっと上手になった気分になれたことだろう。微笑みの中での楽しいお別れとなった。

 こんなに気分の良い講習会は、久しぶりだった。


 結局わたしのは骨折ではなく、ねんざ。一度折った所だから、前からぐらついていたのだ。
もっと左足を鍛えなければ。

反省はあり、後悔はなし。よい週末だった。

2007/05/19

剣道講習会 二日目

 連休で退屈している子らまで連れて行った。昔からよく知ってる仲間が、遠方からもたくさん来ていたので、みんなに子どもたちを見せびらかしたかったのだ。さとこさんちのお子さんと仲良くなって、とても楽しい一日だったみたい。

 三時間も《日本剣道形(かた)》の練習をした。《形》っていうのは剣道の実践にも応用できる技術が凝縮しているし、それに竹刀ではわかりにくい《刃筋(はすじ。刃の向きなど)》などもわかるので、お勉強するに越したことはない。けれども日本では昇段試験の前ぐらいにしかやらないし、フランス人はけっこう好きだが、うちのクラブのドレイ先生はあまりやらない。 ドレイ先生は素振りもやらない。(そういうのは家で一人でできるだろうと言う、まあね、そうなんですけど。。。)

 稽古の締めくくりは、先生に《もと立ち》という《打たれ役》をしていただくのが講習の定番。先生はおそらく20人ぐらいを相手に稽古をされる。地稽古とか試合稽古といって、戦場のつもりで突っ込んで行かねばならない。最後に「一本勝負お願いします」などと言われることもある。
 60歳のおじさんをボカスカ叩いていいのは、剣道ぐらいだろう。でも、たいていが60歳のおじさんに叩きのめされて尻尾を巻いて座り込んでいる。先生との稽古は速いもの勝ちで、準備の整ったものから先生の前に進んで「お願いしますっ」と申し込む。

 わたし、面を着けるのは速い。でも、ウォーミングアップもしたかったので、うちのクラブの若造クンに一番手を譲った。
 若造クン。先生に、ビシバシやられていた。「気合い入れろって言ってんだろーがっ!」とか「ほら、そこ打たんでどうするっ?」とか「何本打っても入らんじゃないかっ」と怒鳴られていた。ひとことずつちゃんと、耳を引っ張って大声で通訳してあげたかったけど、そんな暇はなかった。残念。

 さて、わたしの番がきた。先生は、まるでわたしのことを高校生ぐらいの子、と思っていらしたのかもしれない。夕べもそうだったけれども、なぜかわたしだけが、体育館中を走り回され、何度も突き飛ばされて転びそうになった。ああ。。。高校時代がよみがえる。ぜーぜーぜー。。。か弱い女性を竹の棒っきれで、叩いたり突き飛ばしたり。。。こんなことが許されるのも、剣道ぐらいだろうなあ。

 終わったあとにご挨拶にうかがって、お言葉を賜った。

 「フランスでは高段者が少ないから、元に立って、打たせて、稽古つけてもらえる人が少ないね?でも、相手がどんなでも戸惑わずに、じっとこらえて《今みたいにきれいな面》を一本バンって決めてやんなさいよ。あんた、面が上手だよ。小さいのにこんな大きい人たち相手にあれだけ面を打てたらいいよ。今やってることを続けなさい。小さいからって打たれてばかりいたらだめだよ。身体の大きさは関係ない。恐れないで掛かって行きなさい。昇段試験受けなさいよ。(最後のこれはかなり褒め言葉)」

 恩師の佐藤先生に習ったことだけを考えてずっと稽古してきた。大きくて堂々とした面。まずはそれ。佐藤先生に見ていただけないので、いつも空に向かって「見てください」と言いながら稽古していたのだが、こんな所でこんなことを言ってくださる方に出逢えるとは。

 明日は5連休最後の日曜日だから、家族サービスかなあ〜と思っていたけれども、先生にほれぼれ。。。褒めていただきたいので、張り切って行くことにした。子どもたちもおもしろがっていて、どうしてもくっついて来ると言う。
 
 若造クンは、《形》はもうやりたくないので明日は休むって!とことん根性の濁った輩だ。はあ〜。

2007/05/18

剣道講習会 一日目

 アルビのクラブに、ちょっと乱暴な人がいる。頭のてっぺんをバシバシ叩かれる。自分の奥さんと同年代、しかもか弱き女性(わたし)を、こおんなに強く打ちまくって、心痛まないんだろうか。(もしや妻の代わりにぶん殴られてるんだろうか?)
 よそのクラブから最近引っ越して来た若造クンが、自分よりも暴れ者なのを見て「これでわたしのよい稽古相手ができた!」などとほざいている。
 わたしを叩くのやめて、若造クンの相手だけやってもらえたら、そりゃあうれしいけど、しかし、先が思いやられるなあ。

 ところで、この新メンバー《若造クン》のスタイルは、気に入らないっ。とにかく人より速く走り回って数うちゃ当たるさって感じ。飛んだりしゃがんだりして上下に動きすぎる頭も許せん!竹刀を床に打ち付ける癖も腹が立つ!

 でも、速さで勝てないので、一本取れず、バシバシ叩かれて帰って来た。
「あいつが嫌い」と言うと《負け犬の遠吠え》でしかないので、くやし〜。
なんとかわからせえてやりたいっ。

 我が家から90キロぐらい離れたトゥールーズで、剣道講習会が行われた。ボルドーにもターブにも、パリの講習会にも行けなかったので、日帰りできるトゥールーズには張り切って行くことにした。
若者のボカスカ剣道をとっちめてくれる先生だったらいいなあ。

ーーーーー

 金曜日の夜は特別招待客のための《小さなお稽古》会。道場が狭いので、人数を30人程度に制限したのだ。
全体数が少ない地方の稽古だと、3段から5段までが《最高段者》となってしまう。だから、このあたりが先生にもチェックされるし、先生とも直接稽古させていただけるし、《もと立ち》という責任ある位置にもつかせてもらえる。

 先生は、わたしが普段目指している《大きくきれいな面を打て》と言ってくださる人だったので、とてもうれしかった。
「走り回ったり、数打たんでもいいっ」と若造どもが叱られておったぞ。むひひ

 講師は奈良からいらした上垣先生。例年は警察学校などから一年間の予定で指導員が派遣されてくるが、今年からそのシステムが変更になり、指導員は三ヶ月だけで全国を移動することになった。

 わたくし、先生から「上手だね」と言っていただいた。昔は大きいフランス人に対して有利な小手と胴が得意で、そればかりやっていたけれども、この数年はもうずうっと大きくきれいな面だけを目指して、稽古を積んで来たので、とてもうれしいお言葉だった。張り切りすぎて過呼吸になり、胸はプフプフ、脚はフラフラで倒れそうだった。

 やはり、1年で5キロも増えた体重と、練習不足が身体にきつかったあ〜〜。おばさん仲間のさとこさんとみえこさんは、毎週ちゃんと稽古して、各地講習会にもくまなく参加しているので、さすがに動きが速い。さとこさんはずいぶん上達していた。

 うちのクラブの若造クンが速すぎるのではなく、自分が鈍すぎたのだと気づいた。ショック。
って、ことは、もっとたくさん稽古して、体重も落として、動きが速くなったら、若造クンを、ビシバシ叩きのめすことのできる日が来るかもしれない!?と希望が湧いて来た。

 さて、明日は子連れで行って参りますっ。

Stage de Kendo

Ce soir, je vais a Toulouse pour faire du Kendo.
Il y aura un stage par un professeur Japonais sur le dojo de Musashi.
Ce soir , sera un entrainement amical, et demain et apres demain seront reserves pour le stage et un passage de grade.

D'habitude, je m'entraine avec Monsieur Delay a Albi avec dizaine de camarades.

l'information sur le dojo d'Albi :
http://www.kendoalbi.net/

pour connaitre un peu ce que c'est le Kendo :
http://www.cnkendo-da.com/

Venez nous voir, mes camarades sont tous sympathiques !!



Le Stage de Toulouse ce week-end :

Vendredi 18 mai
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Entraînement au dojo de Musashi
20h - 21h30
http://dojo-musashi.org
-> repas sur place également à l'issue du keiko
(on peut apporter son plat préféré à faire goûter à M.Uegaki !)


STAGE
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Gymnase "René Piquemal" du Lycée International Victor HUGO
31770 COLOMIERS.
http://crkmip.hautetfort.com
Samedi 19 mai : 14h00 – 18h30 (ouverture des portes 12h30)
Examen de grade du 1er au 3e dan le Samedi 19 : 18h30 – 19h30
Dimanche 20 mai : 9h30 – 16h.

2007/05/17

冷たい雨

 この前の日曜日は、夏のように暑かったのに、この2・3日コートを出して着ている。マフラーまでしている。
冷たい雨がシトシト降って、洗濯物が乾かない。

 こんなに天気が湿っぽいと、ネクトゥーさんの脚も痛いんじゃないかと思って、電話したら、元気ないから遊びに来てーというので、火曜日にちらし寿司とみそ汁を持って遊びに行った。家のお掃除をして、洗い物をして、いっしょに食べて、肩もみをしてあげたら、とても元気になった。子どもたちを迎えに行く時間ギリギリに帰って来た。もっと居てあげられたらいいんだけど。。。


 木曜日の今日は、ずっとパソコンの前で仕事していた。
朝、三重に住んでいる《み》ちゃんとチャットでおしゃべりして、午後《ふ》ちゃんが電話をかけて来てくれたのでちょっとだけ話した。《ふ》ちゃんからの音声が悪いので、風と雨のせいかなあ。。。などと話した。
 ほかにも誰かから掛かって来ないかなーと思いながら、ずっとパソコンの前で仕事していた。
でも、日本と時差が7時間なので、わたしと話そうと思ったら、友人たちはずいぶん遅くまで起きていなければならなくて、ちょっと気の毒だ。日本のみんなが朝の4時頃起きてくれたら、わたしにはちょうどいい時間なんだけどなあ。。。
 
 ときどき、仕事の息抜きに書斎の窓から、吹きすさぶ風に揺れる、ピエロさんちのサクランボウの木を眺めていた。
雨の日に一人で書斎にこもっているのが好きだ。

 今日はキリスト教の祭日で、学校も役所もお休み。おかげで、水曜日と土曜日の休校日と、木曜日の祭日と、金曜日を休みにして、5連休だ。わたしが仕事している間、ゾエとノエミはJPといっしょに宮崎駿のビデオを見て静かにしてくれていた。

 すみちゃんがお店で残ったケーキをくれるというので、迎えに行って遊びに来てもらおうかと思ったけれども、午後は子どもと約束があった。それが終わってから、ひとりで、すみちゃんの新しいアパートに、ケーキを取りに行った。 
 誕生日の時に、この辺で一番おいしいチョコレート屋さんの《ミ》さんがプレゼントしてくれた、あの、24金の金箔がちりばめられた、三色チョコレートケーキだった。
 すみちゃんは、お湯がちゃんと出ないシャワーや、ちょっとうるさい通りに面した窓に不満を持ちながらも、贅沢を言わずに暮らしていた。お仕事は午前3時に始まるというので、夕方の6時に会った時には目がしょぼしょぼしていた。また別な日にお茶しようねと言って、ケーキもらい逃げで帰って来た。

 雨の日に一人で車に乗るのも好きだ。
一度危ない目に遭ってからは、ちゃんと安全運転している。
でも、帰りに高速道路で5台ぐらいが追突事故を起こして、もうパトカーも来ていた。

 夕方、トゥールーズの剣道クラブの人から電話があった。金曜日から三日間、トゥールーズで剣道の講習会がある。日本人の先生がいらっしゃるので、みのりもぜひおいでと言われた。じつは、誘われずとも勝手に行くつもりで、火曜日にもちゃんと稽古に行って、ウォーミングアップ済み。明日の朝ちょいと素振りをやって、夕方トゥールーズまでひとっ走りする。マメができなかったら、土曜日と日曜日にも行くつもり。連休だけど、家族は放ったらかしで、わたしは勝手に生きているなあ。

 ケーキ食べすぎて、ちょっとお腹が重い。。。ううう。。。

 

2007/05/14

はははのひ



 スカイプ快調、指宿の《ふ》ちゃんと喋りまくっている。昨日は夕飯の支度もせずに喋っていたので、JPがむっとしていたけど、《ふ》ちゃんだよ、と言ったら許してくれた。
 《ふ》ちゃんが、「今日は母の日」というので、びっくりしてしまった。
フランスの母の日は今年は6月3日なので、油断した。
指宿の母にも電話をしてみる。

 母はもうすぐ同級生仲間と大阪まで旅行をするので、その支度。お小遣いも溜まっているんだろうか?
滋賀の姉とは会えないかもしれないけど、奈良のおばちゃんは空港まで会いに来てくれるそうなので、楽しみだ。
中学生のときの修学旅行みたいに楽しいんだろうか。60過ぎても枕投げとかやるんだろうか?

 中学の修学旅行では長崎に行った。うわさ通り雨だった。
クールファイブの暗いお兄さんが「長崎はあー今日おもーー雨エだああああああったあああ」と唄っていたから、覚悟はしていたけど、まさか本当に雨が降るとはねえ。ポコペンとカステラは買った。お土産の定番だから。
 雨の降る長崎の坂道を「走るな」と言われて走り回っていた男子生徒が、スッ転んで頭を打って大騒ぎしたことしか覚えていない。
あれは《マーミ》だった。《マーミ》はやるなと言われればいわれるほどやるオトコであった。指宿市の海岸でブタの骨を埋めて、人骨発見などとホラを吹いて新聞記者まで呼んだ男であった。修学旅行といえば彼を思い出す。

 「大阪に行くなら《おたべ》を買って送ってよ」と母に頼んだけど、よく考えたら、おたべは賞味期限の短い生ものだった。《雷おこし》だけはやめて欲しい。あれ?雷おこしって東京だったかな?

 スカイプをやってる途中で、同級生の男子がいきなり《シロクマ》の写真を送って来た。むかし天文館(てんもんかん)で食べた、山盛りの《シロクマ》っていう巨大なかき氷。彼は今名古屋に住んでいるらしいので、こんな写真によだれを垂らしながら、天文館を懐かしんでいるんだろう。お返しに指宿の菜の花の写真を送ってあげたら「ほほー」と喜びの声をあげていた。
 ところで《シロクマ》は量がありすぎるし甘すぎるので、わたしはシロクマを食べると頭がガンガンしてくる。ぐわんぐわんと鳴る感じ。シロクマにはいい思い出はないけど、天文館と言ったらやっぱり《カスタどん》だろう。昔は《かるかん》っていうなんだかババ臭いあんこの和菓子だったけど、わたしたちが中学生か高校生かの頃に《カスタどん》というのが出始めて、あれはなかなかよろしかった。いかにもの名前から想像はできるだろうが、《カスタードクリーム》が入っている。安直なネーミングだ。ちなみに《西郷さん》のことは鹿児島では《西郷どん》と言う。《大久保利通》のことを《大久保どん》と聞いたことはないなあ、そういえば。鹿児島の人間が《西郷さん》を《西郷どん》と呼ぶのは、日本人が《ふじやま》を《ふじさん》というようなものだろうか?

  天文館の100円ケーキショップでアルバトをしている友だち(松下さん)がいて、ショートケーキを10個買って1000円札を出すと、500円玉2個のおつりが返って来たものだった。ドーナツやで仕事していた時にも、売れ残りのドーナツ食べ放題だった。そういえば。でも、食べ放題がうれしいのはバイトを始めて2週間ぐらい?あとは匂いかぐのもごめんって感じだった。

 指宿では、こちらも松下さんというおじちゃん《回転焼き》っていうのをやっていて、小さい時にはそれが好きだった。『泳げ たいやきくん』がテレビで流行るまでは、たいやきよりも回転焼きだった。でも一番好きだったのは《まるぼーろ》というホクホクのお菓子で、母はわたしが東京に住んでいた時にも、ヌメアに住んでいた時にも、それを送ってくれたものだった。でもあれって、指宿名産ではなくて、全国のスーパーで売られていたのでちょっと残念だった。このごろの指宿名産でJPが大好きなのは《びわジャム》。
 
 おいしいバイトと言えば、短大の時には桜島がどどーんと目の前に広がる、市民文化センターのレストランでアルバイトをやった。そのレストランには、楽屋からサンドイッチやコーヒーの注文があったので、バイト生同士でジャンケンをして、コーヒーを運んだ。ちょうどわたしが勝った日に、佐野元春というシンガーソングライターからのサンドイッチ注文があって、楽屋に入っていったら着替え中だった。赤いパンツが目にまぶしかったのだあ。きゃあ。おいしいバイトだったなあ。。。

 ええと、何の話だったかな。そうそう、母の日。
朝市に商売しに行ったら、花屋のお兄ちゃんが「おばちゃんにと言ってカーネーションをくれた」というので、涙が出そうになった。
母の日にカーネーションをあげるという習慣のことも、すっかり忘れていた。でも、「滋賀のお姉ちゃんからは花束が送られて来たよ」というので救われた。家族に一人ぐらいはそういう気のきいた人間もいないと。。。ホッ。
 わたしは、まあ、今週、考える。
電話ありがとう、と言っていたので、まあ「ははは」と笑えた。
 ついでに「せんべい送ってよ」と注文までつけた。図々しいやつだ。

 父が2年前に植えたシイタケが去年豊作だったので、それを正月の小包に入れてくれていた。税関での食品検査が厳しくなっている昨今に、うちの母は、よくこんな怪しげなものを、小包にポンッと入れて送ってくる。小包は無事到着した。ゾエの手のひらよりも大きいシイタケで、風味も抜群。シイタケが嫌いな子どもたちが「じいちゃんのキノコだから」と言って喜んで食べる。しかし、子らに食べさせてるのは中国雑貨の店で買ったシイタケだ。もったいないので父の巨大シイタケはちびちび使っている。まだまだ残っている。父が3年以上前に作った干し大根も、もったいないからまーだ残っている。何十年でももつんじゃないかなあーと思っている。
 そういえば、二年前に帰った時に、父が買ってくれた《かつお本だし》が底をついてしまったのだった。母に頼むのを忘れた。
 これを読んでいる親戚のみなさんは、みのりに《かつお本だし》を送るよーに!《おたべ》と《カスタどん》はいけません。生ものですから。梅干しは、まだ封を切ってませんので。あしからず。

 ああ、苦しいダイエットをしてるんだなあーとうかがえる内容になってしまった。
確かに苦しいんだけど、ただ、食べる量を制限して、毎朝ボボとたくさん歩いているだけ。
腹八分で抑えるというのは、ものすごい忍耐力がいる。自分をコントロールするというのは難しいものだ。それにこの数日とっても暑いので、剣道に行って汗を流したらどうだろう?
 この3日ぐらいで2キロ減らした。ぶぶぶ

 この前ノエミに「わたし、5キロは減らしたいよ」って言った。
標準体重よりも10キロぐらいはオーバーしている。でも10キロは減らせないから「5キロ減らしたい」って言ってみただけ。
するとノエミ「わあー、5キロも多いの?牛乳のボトルが5本分だね」と言われた。
こんな娘がいると、「5キロ減らしたい」と宣言したその日からチェック厳しくなるものだ。
ああ、言わなきゃよかったよ。

2007/05/11

カバの大食い?



 セネガルのニコロコバという自然公園で見たカバ。
カバはのんきそうに見えて、とっても凶暴。
遠くから見たけど、怖かった。

 気持ちのよいお天気だったので、ボボのお散歩のついでに1時間ほど歩いた。
前日、スーパーで新鮮なマグロを見つけた。よだれが出そうなマグロと出逢えることは滅多にないので、思わず買ってしまい、JPと競い合うように食べた。ゾエも食べた。ノエミは魚が嫌い。缶詰のシーチキンの方がマシと言ってJPに叱られていた。JPは生のお魚も平気。ウニもいくらも好き。ウナギも食べる。この人は納豆も豆腐もOK。梅干しの一番おいしいところもよく知っていて、種をかじってその中を食べる。去年従兄が持って来てくれた、エミコおばちゃんのつけた梅干しが、なんとか1年持ちこたえた。冷蔵庫を開けるたびに子どもたちが「これ食べていい?」と言っていたのを、1回1個に制限して、やっと1年もたせた。ついになくなったーと思っていたら、先日大阪の編集さんが、徳島の梅干しをお土産にもって来てくれた。封を切ったらあっという間になくなりそうなので、まだ封を切っていない。賞味期限の終わりが近づかないと決心できないだろう。いつものように。。。
 編集さんは《おたべ》も持って来てくれた。それは賞味期限が短かったのでさっさと開けた。あんこ入りのお菓子なんて子どもたちは嫌いだと思っていたら、みんな大好きだった。わたしが一番多く食べた。数に限りのある日本食は、ゾエもノエミもわたしに譲ってくれる。JPが「ママンにあげなさい」と言ってくれるから。

 この頃のノエミのお気に入りは《ねこまんま》だ。みそ汁のお椀にご飯を投げ入れて、すすりながら食べているのでみっともない。でも、お椀にご飯を放り込むのは、わたしの直伝らしい。。。ああ、、、どうしよう。。。
 ゾエはこの前姉が送ってくれた《ごはんですよ》が大すきだ。ふりかけは《のりたま》。かつお節も山川漬けも、我が家では競い合って食べる。

 この1年で、5キロぐらい増えてしまった。ちょっと減らさなければ、身体に良くない。でも食べる量と甘いものが減らせない。運動も足りないのだと思う。とりあえず今週の目標は食べ過ぎないことにしよう。JPはしっかりした量を食べなければどんどん痩せて行くタイプで、そんな人といっしょになって、時にはJPが残した分まで食べてしまう。。。これではいけない。

 とりあえずは、今日一日甘いものは食べずに過ごせたので明日も耐える。


 水曜日に農場の野菜を取りに行ったら、町の社会保障センターで行われるお祭りで、日本のおやつを出したいと言われた。日本庭園もどきも作って、着飾って、子どもたちと折り紙をやったりしたいのだそうだ。6月だけど、「夏に日本では七夕祭りっていうのをやるんだよ」と話したら、じゃあ、どこかで竹を切って来て、クリスマスツリーみたいのを作ろうということになった。子どもたちに短冊を書かせる。なかなかいいアイディアだ。
 クリスマスツリーにキャンディーやチョコレートをぶら下げる人もいる。それで、七夕のツリーには日本を感じるおやつをぶら下げようと言われた。はて?日本を感じるおやつ?

 おせんべいや桜餅が思い浮かんだけど、そんなのうまく作れない。草餅とか、あんこ系は、フランス人は好きだろうか?汁物はぶら下げられない。メロンパンはどうだろう?その他の菓子パンは?パン作り器があるから速いんだけどなあ。。。

 日本を感じることのできるおやつ、大募集!!どうぞよろしく。

2007/05/08

ひとつに決めろと言われても Franco-Japonaise



 Elle ne pourra pas choisi une seule identite nationale. Elle en a deux au moins.
Noemie s'inquiete si ce pays sera toujours gentil avec sa maman qui garde sa nationalite Japonaise.
Mais moi, j'ai un peu peur pour elle. Je crains si un jour quelqu'un choisi sa nationalite a sa place ? Je garde la mienne pour lui laisser le choix. C'est elle qui choisi, personne d'autre. Mais au fond, elle ne choisira pas, ce n'est pas quelque choses qu'on choisi son identite,non? Elle a son sang qui coulent , le sang qui est un melange de plusieurs cultures des parents et des grands-parents.

ノエミ、二年前に日本に行ったときの写真です。
お稚児さんスタイルにまったく違和感のない、フランコ・ジャポネーズです。

 大統領選挙が終わって、ラジオも静かになった。選挙権を持っている人のうちの84%近くの人が、意思表示をして、圧倒的に勝利をあげた大統領だから、がんばってもらわねばならない。国民は彼に期待をしているし、彼は行動家だから、わたしの気持ちはどうでも、社会はきっと動いて行くに違いない。

 貧乏人と外国人(わたし)には厳しい世の中になるなあ、と思っていたら、公務員削減もあるらしいので、下級公務員のJPにも厳しい時代が来る。今度の新学期に大きな学校制度の改革を唱えていたロワイヤル氏が消えたことで、今度の新学期は去年と同じか、去年以下かと思うと、もう子どもたちの未来まで絶望的だ。今日のお天気のように、我が家の雰囲気は真っ暗だ。わたしたちが泣いても、フランスのどこかには笑う人もいっぱい居るんだろう。多数決の世の中だから何も言えない。

 大統領になったサルコジ氏の演説で、フランス国民の故郷はひとつ。。。というようなフレーズがあった。うちの子たちはフランス国民だけど、故郷が二つあるので、そういう人間がいっぱい住んでいるフランスという国で、そして自分だって移民の子孫なのに、そんなことを言ってしまうなんて。危ないオトコである。移民を選択式にして、厳しいチェックとともに、フランスに得をもたらさない人はどんどん国外退去にすると言っている。

 JPのお母さんはフランス国旗を揚げなかった。電話も掛かって来なかった。

 アフリカの砂漠で迷子になった時にも、お金がなくて食べるものを買うのさえ渋った日々にも、「大丈夫、どうにかなるから」と言ってどうにか切り抜けたJPが、サルコジ氏が大統領になったその日に「心配だ」と言った。
 過去にJPが「心配だ」と言ったのは、あとにも先にもわたしが「お父さん、膵臓がんだって。」と宣言したときだけ。のどをヒッと鳴らして息を呑み、それを苦しそうにゆっくり吐きながらひとこと「心配だ」と言ったあの日だけ。それぐらい救いようのない日々が来るのかなあ、と思って、ふだん脳天気なわたしさえかなり心配している。

 ページはめくられた。何かが失われても、自分が失われない限り、わたしの日々はやってくる。つらくても、どうしようもなくても、やって来てしまう。子どもたちは大きくなる。
 ノエミに「あんた、がんばって大統領になりなさいよ」って言ったら、「わたしは宇宙飛行士になって、宇宙に行く」と言った。地球に見切りをつける子どもが増える証だろうか?
 しばらく前まではパン屋さんか農家の人になるって言ってたのに。パン屋さんと農家の人こそ、大事な大事な職業だよね。

 地上に脚をつけてる小さなみんなが、平和に暮らせたらいいヤーと思う、今日。。。。
もう大統領が誰かなんて、関係なくなってしまった。もう決まったのだから仕方ない。諦めて次の作戦を練るとしよう!!

2007/05/04

やっぱり、こっちでしょう?



Bon, Je suppose que vous en avez assez vu les photos des candidats ........
Pour une décision si importante, il faut maintenant regarder le sourire de ma princesse, le rire et le cri des enfants , le vent et le ciel qui les entourent.

 幼稚園で行われた、春を呼ぶカーニバルでの、我が家のプリンセス。
うそつきで物知らずな大人たちにも、こんな時代があったのねえ。
選挙運動のポスターと、ラジオの報道をお休みして、その疲れた目で子どもの笑顔を見たら、その疲れた耳で子どもたちの笑い声と叫び声に耳を澄ませたら、揺らいでいる気持ちにも勝つことができると、信じたいなあ。

 明日は丸一日選挙運動はお休み。
嵐の前の静けさが、しばし、やってくる。はず。

JPは、子どもたちを投票会場に連れて行くそうです。

 今晩は、ノエミの学校の音楽会。

2007/05/03

選挙前デス



Noemie s'inquiete si il est elu, sa mere serait peut-etre renvoyee au Japon......Je ne m'inquiete rien du tout puisque j'ai confience en moi , en vous et ce mot " ENSEMBLE ".
 
 とっても感じよさそうな、サーコジ氏の選挙ポスター。この人どんなに口をニッとしても、目の玉だけは笑わないので、ちょっと怖い。バックの風景からして、彼が巨人のように見える。でもとっても小柄な人で、いつもうちの義母からバカにされている。彼女はちびは脳たりんと思ってモノを言うので、なぜかわたしは義母の前ではサーコジをかばってしまう。

 夕べ、21時から23時半まで、ロワイヤル氏との討論中継を見ていた。その後1時半まで《討論会の解説》も見た。そして、本日は朝から晩までいろんな人の意見をラジオで聴いた。討論会の翌日というのは、いろんな専門家が出て来て「彼の言ったことはウソです」とか「彼女の言った数値は間違ってる」とか教えてくれるので、討論よりも討論の解説を聴く方がよっぽど勉強になる。こういうのを聴くと、大統領選挙の立候補者はみんな嘘つきで物知らずであることがわかる。

 普段は攻撃的で早口なサーコジ氏が、普段は演説が下手ではっきりモノを言わないロワイヤル氏と立場逆転だった。でも、逆上せずに冷静にモノを言うことのできたサーコジ氏はまあまあのできで、彼に口ではかなわないと思われていたロワイヤル氏は「なかなかやるじゃん」との評価らしい。

 新しい展開は何もなかった。はっきりモノを言えたはずのロワイヤル氏も、はっきりとした目標や数値や具体策は提示できず、ただ逆上しただけのオンナ。。。って印象も残った。相手が話してる途中で口出しするのもいただけなかった。男性は女性をののしったり怒鳴ったりることが許されないけど、女性は男性に食って掛かることは許される。演説中に泣いたり声を震わせたり、いきなりヒステリーになっても、女性だったら許される、かも、しれない。男性と平等に!と言ってても、女性の武器は使っている。男性の武器ってなんだ?結局この討論後も、これまでの点数に変化は出ないんじゃあないかなあ、と思う。数十票の差で、サーコジってことになりかねない。。。。気がする。

 第一回目の投票では投票権を持つ人の86%近くの国民が選挙に参加した。パリ郊外に住む、多くの若者たちの中で「はじめて選挙なるものに参加する」という人の数は、2002年の大統領選に較べて45%アップとか。選挙権のないわたしまでこんなに関心を持っているのは、大変な盛り上がりを見せている証拠だろう。

 ロワイヤル氏のウリは、「働く女性。4人の子の母」けれども子どもはお手伝いさんが育てているらしいので、そおおんな母親のことをわたしは信用できない。
 サーコジ氏は「未成年者でも罪は大人と同じように罰する」「学校でも家庭でも社会でも、子どもたちには大人を敬う心をそだてる。びしびしばしばし、きびしくやる」と言っている。「やっちゃった」あとでさっさと国外退去とか、少年鑑別所に集団で放り込むのもどうだろうねえ。
 子どもの未来は学校にもある。やる前にやらないようにの教育はどうする?

 ロワイヤル氏は「自分が大統領になったら、今度の新学期から7000人の教職員を増やして、ひとクラス17人以下と決める。わたしは絶対やる!」と言っていたけど、はっきり言って、ノエミのジャン・ジョレス小学校で、ひとクラスを17人にしたら、全校の半分の生徒たちは校庭で勉強しなければならないーーという問題も出て来るわけで。。。そんな大それたことを言うのもどうかねえ、と思う。 
 本当にそれ一つでもできたら、わたしは一生この人についていくヨ。でも、この「心優しいお母さん」像で輝いて見える女性は、「未成年者が悪いことをしたら、軍隊でたたき直す」と言っているので、ちょっと怖い。

 サーコジ氏は、「外国人はしっかりフランス語が話せて、ちゃんとした収入が保証されていなければ国外退去」と、まるで極右翼のルペン氏のようなことを言っている。

 ノエミが、「サーコジが大統領になったら、ママンが真っ先に追い出されるよ」と言ってる。
  う〜〜ん。こいつはサーコジよりも厳しいやつだ。将来は大統領か?もっとびしばし鍛えて。
  そしてわたしはエリゼ宮に住むのよ〜。玉の輿に乗らずとも宮殿に住む手だてがあったとは。。。

 今晩はちょっとフランス語のお勉強に励むヨ。励めばいいんでしょ。
 あーあ、税金だって納めてんのにいー(払ってるのはJP。でも彼は選挙権あるんだから当然)

2007/05/02

気をつかう

 日本語を教えている友人の《あ》さんに「気をつかう」は「使う」と「遣う」のどちらだと思う?と訊ねられた。

《あ》さんは「気を使う」だと思っているけれども、友人に「遣うだよ」と指摘されて、気持ちが揺らいでいる。辞書も開いてみたらしい。「XXだと思う」と意見してあげるのは簡単なことだけれども、日本語を教えてずいぶん長い経験を持つ《あ》さんだから、「XXだと思う」と応えれば「どうして?」と訊き返されるに決まっている。
 わたしたちはいつもそういう学生たちと向かい合っているのだから、当然の姿勢だ。

 《あ》さんはすでに広辞苑で調べたそうなので、わたしはそれを避けて、『記者ハンドブック』(共同通信社1700円 ISBN4-7641-0381-8)というのを引っ張りだして来た。
 これはいつもお世話になっているヒントブックスから推薦され、「文章を書く人には必需品」と言われて数年前に購入した。本当に必需品だ。手元のものは第8版だが、すでに10版が出て、2004年に加えられた新語流行語も含め大きく改定され、最近ではパソコン内で簡単に使えるソフトまで出ているというので、そろそろ買い替えた方がいいかもしれない。

 さて「つかい/つかう」の項目をしらべる。

「使」【一般用語、主として動詞に】
上目を使う、お使いに行く、金の使い道、漢字・仮名を使う、気・心・神経を使う、こき使う、子供の使い、声色を使う、使い込みが発覚、使い勝手、使い走り、使い分け、人形を使う(ただし浄瑠璃では人形を遣う)、忍術使い、人使いが荒い、魔法使い、など。

「遣」【特別用語、主として名詞に】
息遣い、上目遣い、お遣い物、仮名遣い、金遣い、気遣い、気遣う、言葉遣い、無駄遣い、文字遣い、両刀遣い、

(注)「XXをつかう」は「使」
   「XXづかい」は「遣」
ただし、剣術・忍術・魔法・人づかいなどは慣用に従い「使」を使う。まぎらわしい時には平仮名書き。 

 ちゃんと考えたことがなかったので勉強になった。じつは思い込みと《ニュアンス》で「気を遣う」だと思っていたので、調べもせずに「気を遣うだと思うよ」と言っていたら大恥をかくところだった。
それにしても「気を使う」のと「気遣い」では漢字が違ってしまうとは、日本語って難しいなあ。

辞書の中にある「特別用語」だとか「例外」という項目は、恐ろしいブラックホールだ。。。


 昨日はスカイプで、先の《ヒントブックス》の山田さんと、「父兄会」や「子供」などなどということばについて、長々とお話しさせていただいた。
 この「父兄会」という言葉が嫌いだ。昔から不思議だった。小学生の時父は居たけれども父兄参観に出て来るのはいつも母だった。母が来れない時にはうちには「長男」が居ないから誰も来なかった。昭和50年代のわたしの小学生時代にはまだ家長制度が残っていた。それで今どきはきっとほかの言葉があるに違いないと思って、山田さんに訊いたら、いまでは「父母会」とか「保護者会」と言われるそうだ。それでも、片親の子や親が居ても親ではない人に預けられている子も居るので、「父母会」にも反発する人が多いらしい。
 フランスでは現在結婚する二組に一組は離婚するらしいので、小学校でも父母そろって「父母会」に出席する人は少ない。父母会に来て公衆の面前で喧嘩する父母もいる。
 「保護者」に決定かな?でも小学生には難しい言葉だから「ほごしゃ」にしたほうがいいのかな。そうすると「ほごしゃ」なにか不思議な単語になる。「ほごしゃ」よりも「保護者」の方が読んで字のごとくだからわかりやすいので、漢字で書いてふりがなを打とうか。

日本語って面白いなあ。
「記者ハンドブック」のほかに、井上ひさしが「魔法の辞書」と絶賛した講談社の『類語大辞典』というのも持っている。
帯には「それしかない」言葉がたちまち目の前に現れる!と書いてある。でも、まーだ使いこなしていない。

  もっと辞書を引かなければ!

魔法使いのような本屋さん ヒントブックスのサイトはこちら http://hintbooks.biz/home.html