2008/01/28

ネクトゥーさんのわかめ




 これまでにも何度もネクトゥーさんのことを書いたことがあるので、覚えている人もいるかもしれない。ネクトゥーさんというのは、わたしの数あるボーイフレンドの中でも最高齢の君で、最もわたしを可愛がってくれているお友だちだ。今年はおそらく。。。84歳ぐらい?ずうっと気になっていたのに、去年の春以来会っていなかった。でも、会えない時には文通しているし、電話も掛け合っている。

 ネクトゥーさんは、剣道仲間だ。2、3年前までは、ドレイ先生の道場でいっしょに汗を流していた。ネクトゥーさんは柔道と空手と剣道歴が合計約60年ぐらいなので、当然のごとく日本マニアで、日本人大好き人間だ。
 ヨーロッパで「仏教勉強したい」と言うと、だれもが《そ〜か学会》に誘われていた1960年代後半の輝かしい時代に、日本で、かの大先生様さまからじかにメダルを手渡され、ツーショットを撮らせていただいたっていうのが、けっこう自慢というか、話のネタだ。《そ〜か学会》のフランス支部長みたいなことやらをやっていたこともある。ネクトゥーさんちの二階にある畳の部屋には、《そ〜か学会》の仏壇が座ってる。その仏壇には、違法に所持している拳銃をいじり回していて、つい発砲してしまった玉が貫通した跡があって、その玉が入った穴と、出た穴を見るたびに、「わたしは危ない世界に脚を踏み入れたんじゃないだろうか」と思って逃げたくなる。

 ネクトォーさんは、《そ〜か学会》のことを「ちょいとインチキ臭いな〜と思ったんで、さっさと足を洗った」と言う。「いろいろ味見しなくっちゃわからないよ」と、日曜日の朝にうちのドアベルを鳴らす、エホバの証人の隠し子のようなことを言った。で、「本日の気分は《般若心経》だ」と言うので、本日は二階の《そ〜か学会》の仏壇には行かず、一階のサロンにある鎌倉風仏陀の前に座って、般若心経を三回リピートした。
 わたしはお線香の煙が奇妙な3D模様を成して、目の前までフワフワとやって来るのをじっと見つめて眠気と闘った。見つめながら、自分のふたつの目玉が鼻の頭の方に集まって来て、焦点が合わなくなるのを楽しみながら、「ぎゃ〜てい、ぎゃ〜てい」「にゃんたら そわか〜」などのメロディーを聴いていた。「シキシキゼークー」の辺りはいっしょに声を出して言ってみたりもした。

 ネクトゥーさんは、物忘れがひどく、10分前に言ったことも忘れるくせに、般若心経はよく覚えていてびっくりする。わたしは何度も写経もどきをやってみたのにいまだに暗記していない。

 先日電話して「遊びに行ってもいいですか?なにか持参しようか?」と訊ねたら、ちゃっかり「巻きずし」と注文が出たので、ゆうべは午前2時半からいきなりネクトゥーさんのための巻き寿司を作った。でも、遊びに行ってみると、ネクトゥーさんったら巻きずしの件はすっかり忘れちゃってて、その代わりに、得意料理のシーフードカレーを作ってくれていた。巻き寿司よりもずうっとおいしいのだ、これが!アンコウのしっぽとエビが入っていて、ココナツミルクで仕上げている本格カレーだ。おかわりまでしてしまった。ネクトゥーさんも、わたしがいると食が進むらしい。電話では「あちこち痛くて、泣きたい。もう死にそうだ」とか言ってたくせに、とっても元気そうで安心した。

 夏に日本に帰った時に、指宿から送った絵はがきについて、お礼を言われた。その際に「あの絵はがきの池田湖っていうのは、大先生様々と何かご縁があるのだろうか?」と言われたが、「田んぼの真ん中にある湖だから、じゃないのかな?」と答えたら、ちょっとがっかりしたようだった。日本で浴衣買って来てと頼まれていたのだが,身体の小さいネクトゥーさんが着やすい浴衣を見つけられなかったので、お土産に甚平を買って来てあった。とても喜んでくれた。去年の春、最後に会った日にお寿司を持って行ったのだが、ネクトゥーさんが大事に保管してくれていたそのお重箱の中には、多すぎるほどの浴衣代が入っていた。次回のためのお餞別にしなさいと。。日本人みたいなことを言った。

 ネクトゥーさんに「いつかいっしょに日本に行こうよ」と言ったら、目に涙を浮かべて、「こんなよぼよぼじゃあ、無理だろうね。灰になったら手軽に連れて行ってもらえるだろう」と言って、わたしの肩を抱いた。わたしはネクトゥーさんちの台所を片付け、一階のすべての部屋にほうきを掛け、トイレを掃除した。わたしが台所のテーブルを拭き終わる頃に、しゃべり疲れたネクトゥーさんがサロンの椅子でうとうとし始めたので、おいとますることにした。朝来る時には一面の深い霧だったのに、午後には青空が広がっていた。とてもいいお天気になったので、いっしょにお散歩ができずとっても残念だった。

 帰って来てから、なんだかお腹が変な感じだ。じつは、カレーの箸休めにとわかめの煮物が出された。ただ水で膨らませたのを、味も付けずに煮たものだ。「数日前に作った」と言って、カツ丼のふた付きどんぶりが出て来た時、怪しげな雰囲気を感じたのだが、蓋を取って、何やら異様な気配まで感じられた。ネクトゥーさんをがっかりさせちゃあ悪いと思って、そのわかめを食べた。なんとな〜〜く、すっぱくて危険な味わいだった。あれ、だろうか。この、お腹の気持ち悪さは?


 今日の午後、幼稚園の担任の先生が急に具合が悪くなり早退したらしい。明日は先生がお休みを取るので、家にお母さんがいる子は、幼稚園には来ないでくださいという貼り紙があった。長い一日に備えて、寝ようっと。

Aucun commentaire: