2009/03/04

大阪の夜

 この晩大阪で会う友だち4人のうち3人は、一年以内に会った人たちなので気が楽だった。ひとりだけ、高校卒業以来会っていなくて、でもじつは、ずっととっても会いたいと思っていた同級生が来ることになっていたので、フランスを出る前から胸ときめかせ、この日を楽しみに待った。
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 高校一年生のはじめに、とってもとっても辛いことがあって、わたしの高校生活のスタートは、あまりぱっとしなかった。
一晩中「あした学校に行きたくない」と唱えた翌日には、都合よく熱が出た。遅刻が多くなり、欠席も多くなった。しぶしぶ出て行くと、ちゃんと見破ってる担任のカワナベから「気合いを入れろ」と、牛乳瓶の底で頭を叩かれる。ますます行きたくなくなる。

 人気のない寂しい自転車小屋を出て、しんとした靴箱を抜け、階段を上がって1年の教室が並ぶ2階にため息をつきながら上がる。階段の角は1年4組で、自分の1組に行くにはそこを通らなければならない。

 1年4組の廊下には毎朝《まー》ちゃんがいて、4組の教室の窓の所に座っている彼氏と、セイシュンしている。遅刻ギリギリのさえないわたしに、《まー》ちゃんは色白のつるつるした笑顔で「おはよう」と言う。
 暗がりの中ため息でエベレストを登頂したわたしに、《まー》ちゃんは、毎朝、さわやかな笑顔を向けて「おはよう」と言う。こんなさわやかな彼女のいる男子は、どんなに幸せだろうと思った。大嫌いな学校の、うさんくさい1年4組の前で、一日の一番最初に会う《まー》ちゃんに元気よく「おはよう」とも言われず、1年4組の角で無視でもされていたら、わたしは、さっさと自転車小屋にUターンしてしまっただろう。
 《まー》ちゃんは、憧れだった。

 《まー》ちゃんとは、学校では深い付き合いに至らなかったので、外見しか観察できなかったが、遠くから見ていると、彼女はとってもはっきりした人間に思えた。田舎の高校で《はっきりする》っていうのは、勇気がいる。特に女子は羊の群の中でぬくぬく暮らしたいもの。トイレにだって一人じゃ行けない。
 男子と言えば軟弱で、嫌でも別れられず、女子と言えば羊なので、好きなのに打明けられない。ぶん殴ってやりたい教師にさえ、ぶん殴られることに甘んじて抵抗を避け、どうして行かなきゃならないかもわからない学校にさえ、毎朝ちゃんと出て行く。親に弁当作らせて。
 そんな羊の群の向こう側で、セイシュンしている《まー》ちゃんの、楽しそうな声がケタケタと響く。《まー》ちゃんが怒っている時には、はっきり怒っているんだな〜とわかった。《まー》ちゃんが三角関係に至ったときには、学校中が知っていたし、「欲しけりゃくれてやる」と捨て台詞を吐いた時には、拍手喝采がおこった。わたしはというと「くれてやられた」男子の行く末を案じていた。
 わたしは《まー》ちゃんの、禁止されてるロングヘアーをかきあげる仕草や、笑う時に傾ける頭の角度や、うれしい時に消えてなくなる目などにいつもほれぼれし、うちの高校では誰も話さない大阪弁で
「みのりちゃん ちっこいな〜」
と言われると、むずむずした。

 はっきりしている《まー》ちゃんが彼氏といる時には、同級生女子は近づけなかった。こんな田舎で《世界》作ってセイシュンしてる同級生には、やっぱり、近づけない。羊だから攻撃はしない。なので、「近づけないよね〜。あの2人」などと言って、敬遠し遠巻きに眺めていたの、かも、知れないけど、みんな本当はうらやましかっただけなんだと思う。

 《まー》ちゃんが大阪にいることは、数年前から知っていた。いつか大阪に行くことがあったら、会いたいな、会いたいなと思っていた。

 そして、わたしたちは、大阪で再会を果たした。

 《まー》ちゃんは絶対に素敵な四十オンナになっていると確信していたので、フランスを出発する前に、お化粧の仕方を習った。結局当日、迎えのジミーを待つホテルの小さな洗面所で、いつものわたしで行こうと決めた。派手なアクセサリーを全部外して、目元のお化粧はぬぐって取った。料理屋さんに着いたら、まだ《まー》ちゃんは来ていなかったので、いいわけを作って外に出、近辺を一周してから遅れて座敷に上がった。

  わたしを覚えてる同級生は少ないだろうが、「覚えててもらえて、うれしいわ〜」と言う《まー》ちゃんを、忘れてしまった同級生はいないと思う。わたしといっしょに《まー》ちゃんと向かい合う、ほかの同級生たちも、にこにこしている。《まー》ちゃんの大阪弁には滑らかさと艶があり、優しい微笑みと手先の仕草が女っぽくて、ほれぼれする。
 わたしは《まー》ちゃんが隣に座っているだけで、胸がドキドキした。

 「いっしょに写真撮ろう!」と言ってくれた《まー》ちゃんに肩を組まれながら、幸せな気持ちでいっぱいになった。
次回は、わたしも、ジャック・ダニエルで乾杯できますように。

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