2009/03/09

2月14日 国道225号線をゆく

大阪で目覚めた。
名古屋にユーターンして、昼には鹿児島行きの飛行機に乗る。
よいお天気になった。駅伝日和。

「息子の駅伝が終わったから、空港まで会いに行くよ」
と、まゆみちゃんから電話をもらって、空港で会う約束をする。
名鉄駅に預けてあった荷物を受け取ってから空港に向かい、まゆみちゃんが空港に着く前に、鹿児島行きの搭乗手続きを済ませた。まゆみちゃんと国際線と国内線窓口の中間で落ち合い、一緒にお弁当を買って、にぎやかな空港の2階でお弁当を食べながらしゃべっていると、彼女の初めて会うご主人と娘さんも現れた。まゆみちゃんのご主人は初対面とはいえ、鹿児島弁と標準語もどきの名古屋弁のバイリンガルなので、初めて会った気がしない。二人は普段は標準語を話しているのに、わたしのせいでもうすっかり鹿児島にもどっている。おもしろい。
 わたしは、まゆみちゃんと思い出話をし、まーちゃんと過ごした前夜の話をし、故郷の話をした。

 時間はあっという間にやってきて、まゆみちゃんと別れる時には、会った時と同じように涙が出そうになった。まゆみちゃんとは東京で働いているときにもいっしょだった。故郷からこんな遠いところで頑張っている友人たちを見ると、いつも元気づけられる。笑顔の素敵なご主人に「まゆみちゃんのこと、どうぞよろしく頼みますよ」とお願いしてお別れした。

 セントレア空港で、鹿児島行きの搭乗口待合所にたどり着くといつもほっとする。ここまで来たら、もう鹿児島弁が聞こえてくる。名古屋から鹿児島までは、パリからトゥールーズに行くぐらいの時間しか掛からない。あっという間だ。飛行場はとっても小さく、国内線で大きな荷物を受け取る人は少ないので、みんなどんどん外に出ていく。空港に着くと、ラルとキョーコちゃんが約束通り待っていてくれた。

 鹿児島市内までは高速道路、市内を抜けてから指宿までは、ずっと錦江湾を左に見ながら、一本道の国道を走る。通称《産業道路》を抜けたあたりから指宿までの、この国道225号線が好きだ。湾内の荒れない海と、向かい側の大隅半島、右手に迫った崩れやすいシラスの山並み。車窓にマングローブやヤシの木が駆け抜ける。桜島が目の端に遠くかすみはじめると、喜入の石油タンク群が見え、そこを過ぎるとそろそろ知林ケ島と魚見岳の姿がはっきりしてくる。
今泉の松林が見えると、指宿に帰って来たなと思ってジンとする。

 静かな錦江湾を眺めながら、わたしたちは喫茶店でお茶を飲み、途中キョーコちゃんの用事で、焼酎の専門店に寄った。指宿のみんなが「おいしい」というタダムネくんちの焼酎は置いてなかった。長崎鼻まで行かないと手に入らないという。
わたしは国道225号線で揺れながらネジを巻く。からだがあそこにたどり着くころに、心も少しずつ戻ってくる。

 フランスの家族と別れてから9日、やっと日本の家族にたどり着く。
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 わが胸の 燃ゆる想いに くらぶれば 煙は薄し 桜島山


  右から、知林ヶ島ー桜島ー魚見岳の鼻、《ジャイアント馬場の横顔》と呼んでた岩があるところあたり。フランスのモン・サンミッシェルのように、干潮の時には歩いて渡れる知林ヶ島。


 昔バイトしてたグリーンピア(現メディポリス)から見た指宿