2009/03/13

空は青かった

 カーモーを出てちょっと行ったアルビの郊外で、朝日が昇るのを見た。
パッションフルーツとマンゴーのアイスクリームのようで、とってもおいしそうに見えた。
不思議な力を持つ例の友人《か》が日拝をすすめるので、いつかはやんなきゃと思っていたが、普段この時間は子供を学校に送り出す時間の前後だから、おお忙しくしていて、太陽のことなど考えられない。
 お葬式へ向かう車の中で、燃えるような朝日が地平線から昇って来る瞬間を見たら、手を合わせずにはいられなかった。

 ナルボンヌというところは行くたびに突風が吹いている。だから、天気がよくても風は強いかと思って、わたしたちはコートを着て出掛けた。わたしは黒い服を着なかったが、コートは黒かったので悲しげで、ちょっといやだった。JPとわたしは遅れて到着し、遺体安置所のドアを押したら、廊下に立っていた親族一同が一斉にわたしを見た。

 廊下の正面にいるキャトリーヌのところに、まっすぐ行って抱きあった。
キャトリーヌに会うのは、12年ぶりだろうか。
変わらぬ細い身体をして、ずいぶんやつれたほおが、痛々しかった。
数年前に17歳の息子を交通事故で失った彼女が、今度は母親を亡くした。
痛々しかった。

「おばさんの遺体は痛みが激しく、おそらく最後にひと目でも、会うことは無理だろう」と言われていたが、葬儀屋さんのおかげで、おばさんはいつものピンクのパジャマを着て、きれいにお化粧を施され、安らかな顔で横たわっていた。
小さかった。そして、冷たかった。
夢や希望を語っていたおばさんは、あんなに大きく見えたのに、夢も将来も捨てた彼女は、小さく縮んでしまっていた。
人の身体がこんなに冷たくなれるとは、思ってもいなかった。

 親族の自動車は、霊柩車のあとをついて教会に向かった。
とても活動的なおばさんで、いつもいろんなクラブに参加していたというのに、親族12人以外に来てくれたのは、3人だけだった。寂しいお葬式だった。
神父さんの言葉は、教会に響き渡って聞き取りにくかったが、
「忘れないでください。思い出し、愛し続けてください。」というところだけは、はっきり聴こえた。
どんな祈りの言葉も、わたしには唱えることはできなかったが、《アヴェ・マリア》だけはいっしょに唄った。

 場所を変えて、カルカッソンのそばにある火葬場に向かう。
火葬場の人はたいへん事務的で、火葬場という所はとっても閑散とした、乾いた場所だった。
最後の別れをし、男性軍だけでおばさんを見送り、女性軍はキャトリーヌと姉のフランソワーズを囲んで抱き合った。
ご主人のフランツのお墓は古郷のブルターニュにあるので、キャトリーヌが灰を持って帰る。

 灰になるのを待つ間、わたしたちはカルカッソンのお城を巡った。ブルターニュに住んでいるキャトリーヌが、このお城に来るのははじめてだったので、ちょっと観光させようと思ったのだ。
 何百年も、そのままの形で残っている城塞と、石畳と、大聖堂と、町並みと、大聖堂のロザスRosace(バラ窓)を眺めながら、人は死んでも時間は流れて行くのだと思った。
大聖堂の塔を見上げると、青く高い空が見えた。
煙になったおばさんは、青い空に昇っていった。

 帰宅途中、朝日を拝んだ同じ場所で、西に沈んで行く夕日を見た。オレンジと紫と茶色と金色がグラデーションをなして、空に薄く広がった雲を染めていた。

 日が昇って、そして落ちる間に、おばさんは灰になり、生まれたところに戻って行った。

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