2009/01/21

巻きずしのなせる技

 このごろ、巻きずしばあ〜かり、作っている。

クリスマスの前にも大量に作ったし、お正月にもたくさん作った。

 JPは先週、労働組合のパリでの月例会議のために上京しなければならず、その労働組合の会議っていうのは、お昼は持ち寄りでピクニック、というのが恒例なので、参加のたびになにか持って行かねばならない。これまではオリーブとハムの入ったケーキだとか、キッシュだとか持たせていたのだが、先週はJPからのリクエストが出て、巻きずしを持って行かせた。
 「みんなが、巻きずしとってもおいしかったと言っているよ」とパリから電話があった。

 さて、一週間も経っていないが、今週はネクトゥーさんの家に遊びに行くと宣言して電話で約束までしたので、ネクトゥーさんのために巻き寿司を作ることにした。

 ドレイ先生が来ていた。いつも2人っきりを好むネクトゥーさんなのに、ドレイ先生までご招待とは、どうしたことだ!?

 わたしが持って来た巻きずしの量を見て、2人は「なぜ彼(私)の来ることが予知できたんだ!?」と大騒ぎしている。予知なんかしてませんって。用心しただけ〜。ネクトゥーさんの家には、たまにドレイ先生も出没するので、もしものことを考えて、三人分ぐらいにはなりそうな量を用意したの!

 ちなみに、ネクトゥーさんというのは、わたしのボーイフレンド。彼はつい最近まで、フランス剣道界現役剣士、最高齢記録者だった。数年前からちょっと調子が悪い。でも、内臓と口は達者なので、元気ぴんぴんな85歳(以上?)居間に裸の女性のカレンダーを貼っている。そして、近所の中華料理店ではたらくアジア人ウエイトレスに恋する怪しいジイさんだ。

 ドレイ先生というのは、わたしの剣道の先生。でも、わたしが去年から他のクラブに鞍替えしたので、先生にはあまり会えなくなった。ドレイ先生は、私立の武道場の、物置みたいな小さな部屋で暮らしていたが、去年そこを追い出された。そこのオーナーは、武道館に通うピチピチのティーンエイジャーに寝技を教えるのが生き甲斐という、危険な元柔道チャンピオン(チャンピオンなりそこないだろうね。ありゃ。)で、クラブ活動費というと、他の剣道クラブの2倍もとりゃ〜がるので、わたしにはドレイ先生が追い出された恨みもあって、腹いせにアルビのクラブを辞めた。先生いなくちゃ行っても仕方ない。
 「うちの道場には、日本人に剣道を教えるスゴイ先生がいる」というのが以前の宣伝文句になっていたが、日本人に教えられるスゴイ先生どころか、フランス人に剣道を習う日本人まで居なくなってしまった。悪どい経営状態のせいか、不純な元チャンピオンの顔のせいか、このごろ人の数も減っているようだ。
 ドレイ先生は今やトゥールーズの方に行ってしまい、わたしのクラブとは100キロも距離がある街の、運動施設の物置みたいな部屋で、全財産(全部で100キロぐらい?)とともに暮らしている。たぶん72.3歳。

 ネクトゥーさんには秋に会っていっしょに食事をしたが、ドレイ先生に会うのは本当にひさしぶり。
 ドレイ先生は、「みのりにどうしても訊きたいことがあったんだよ」と言って、スポーツバッグの中から、2005年に賞味期限が過ぎてしまった《みそ汁パック》と、2004年に使用期限の過ぎてしまった《ホッカイロ》を取り出して、「どうやって食べるの?」と訊く。ううっ、食べさせていいんでしょ〜か。。。
 とり合えず、ホッカイロは食べちゃイケマセンよと教え、みそ汁は。。。そりゃあ食べ物ですけど、やめといた方がいいんじゃないの?とアドバイスをした。
 「なんだ、ミソだったら、そりゃあ腐ってるのは当たり前だから、腐ってても食べられるっしょ」と一人で納得して、ホッカイロよりもホクホクな笑顔で、スポーツバッグに片付けてしまった。

 他に、日本に行ったときに、お寺で撮った記念写真を見せられ、手に持たされているものについて訊ねられる。
「これはお数珠っていうんですよ。念仏を唱える時に使うんですよ」
と教えたものの、まあ、あまり関心はなさそうだった。

 で?他に?なにか訊きたいことは?

 。。。別にない。。。。何もない。ただ。。。会いたかっただけ。。。

     かわいい〜〜! うれし〜〜〜い ♪

この怪しげなジイさんたちには、いつも心を癒される。

 ネクトゥーさんとわたしは、いつものようにお線香をたいて、カセットに合わせて般若心経を詠んだ。その間、ドレイ先生はソファーでおとなしくしている。般若心経が終わると、だだーっとやって来て、テレビをつける。テレビではカバがウンチをしてるところや、サルが蚤取りをしている様子などが映り、ドレイ先生はじっと見入っている。
 
 「あっち行こう。フランソワ(ドレイ先生の名前)の小屋にはテレビがないから、うちに来ると一日中でもテレビを見てるんだよ。」とネクトゥーさんに誘われる。わたしは家中のお掃除をして、ネクトゥーさんは前菜となるポワローのキッシュと、デザートになるガレットデロワを、オーブンで温め始める。その間に配達されたボルドーの一級ワインを開けるように言われ、わたしはワインを飲まないので、「そんなことではいいオンナになれんぞ」と言われながら、棚の中を漁ってグリーンティーのティーバッグを探した。

 怪しげなジイさんたちはワインを2本開け、ネクトゥーさんはドレイ先生に「ボルドーのワインは嫌いだ」などと言われれて、「みのりの巻きずしは、おまえには分けてやらないぞ」と脅しながらも、ドレイ先生のために、棚の中からキッコーマンのお醤油とチューブの練りわさびを出してあげるようにとわたしに言った。
 ドレイ先生は調子づいて「お箸はないのか」と言い、ネクトゥーさんに「巻き寿司は手で食べてもいいんだよ」と言われると、ムキになって、「巻き寿司はお箸で食べなければおいしくない。ほら、お箸だったら裏返せるし」と言いながら、しょうゆでびちゃびちゃになった巻きずしを、裏返して、裏までびちゃびちゃにして、しょうゆの垂れる巻きずしを口の中に放り込んでいる。
通なんだか、なんだか。。。

 おいしかったよと言いつつも、話しているうちに、じつは、ドレイ先生には味覚のないことが発覚した。
数年前までは森に入って鉄砲で鳥を撃つのが大好きだった。そのついでに、足元で薫っているキノコを、採って持ち帰るのも大好きだった。じつにサバイバルなおじさんだったのだ。それが、このごろ、キノコの匂いも、森の香りも、動物の糞の臭いも、たいていのものに香りを感じられないことに気づいたという。すると、食に対する喜びや、自然の中で過ごす楽しみが、薄れたような気がすると言う。
 20歳年上のネクトゥーさんから「年寄りだから、頭の神経が腐ってるんだ」と言われちゃってる。

 クリスマスもお正月も、誰も連絡をくれなかった。誰も葉書をくれなかったと嘆く。剣道ばっかりやってるうちに、女房に逃げられ、子供は女房の見方だからサと、愚痴り始める。あちゃ〜、こんなじいさんは危ないので、話題を変えなければ〜。

 話題を剣道に持って行くと、2人はよみがえる。ドレイ先生は立ち上がり、狭い台所で木刀を振り回し始める。
「わたしが12年考えて、できるようになったテク」。。。などと言って、いろいろと見せてくれる。毎日これを続ければ、あんたでもフランス1になれるなどと言い始める。実に、簡単そうだ。フランスチャンピオンにでもすぐなれそうな気になって来るじゃあないの。
 生活の中でこんなことに注意すれば、姿勢が剣道向きになるとか、歳を取ったらやり方を考えなきゃならないとか、「1メートル48センチのキミでも、2メートルの敵に勝てる技」など。。。出て来る。出て来る。

 その他に、自分たちが若かりし頃、フランス剣道界の先駆けとなった人たち(つまりドレイさんたち)を育ててくれた、日本人の先生方、例えば楢崎範士九段、中西康範士九段、『昭和の武蔵』と呼ばれた中倉清先生、そして、フランス剣道連盟に大きく貢献してくださった、わが恩師でもある佐藤彦四郎先生との、楽しい思い出の他に、そのような大先生方から習った秘密の教えなど、出て来る。出て来る。
 
 「いいんですか?そんな貴重な隠し技。わたしなんかに教えて。。。。」

 ジイさんがたは2人して、顔を見合わせる。
「わしらが死んだら、誰があとの人たちに伝えてくれるね。みのり、今のうちに勉強してもらわんと。。。それに、巻き寿司も作ってもらったし〜」

  ドレイ先生は、この冬、リュクセンブルグで七段の審査を受ける。普段稽古する相手がいないので、こつこつと一人で稽古しているそうだ。こつこつと、いつも、一人で稽古して来たのだ。これで3回めだろうか?3回めで七段に受かる人は少ないだろう。でも、本人は、5回も6回も受ける時間の余裕なんかない。と。。。少々焦り気味。


 お二人には、まだまだ「歩く物知り辞典」でいて欲しい。
「また巻きずし作って遊びに来るから」と言うと、ネクトゥーさんが目を潤ませた。

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