この前、高校卒業資格試験で、日本語のテストを受けたリュドヴィックさんからメールが来た。日本語試験の結果はまだ出ていない。
リュドヴィックさんは、在仏日本大使館のホームページで、独立行政法人科学技術振興機構(JST)公募というのに応募した。《戦略的創造研究推進事業》というものらしい。
その公募に採用されたら、日本へ7年間の留学が約束される。留学の費用は免除される。リュドヴィックさんの夢は、アルツハイマー病や老人性痴呆症に関する研究と治療で、日本はその方面の学問が大変進んでいるという。海外からの学生を受け入れて、英語での授業を行なう大学もあり、世界で通用する免許がもらえるシステムもあるらしいので、日本で勉強したいのだそうだ。
なんといっても日本が大好きだし。
パリでの面接試験への案内が届いたので、7月上旬に試験を受けなければならない。
試験は、日本の高校卒業程度の化学と生物の試験で、英語で行なわれる。もちろん日本語の試験もあるが、初級程度で構わないとのこと。どうしてそのような公募に応募したのか、日本で何をしたいのか、将来どんなことに役立てたいのか、それをちゃんと発表できなければならない。
将来の希望を持って高校を卒業しようとしている若者に、本当に久しぶりに出逢った。
日本語は自分一人で勉強していた。美術も、文学も得意だ。彼の家に招待された時、きっと高いお金を払って買った、とても偉い画家の絵おぼしき素晴らしい絵が飾ってあって、「素敵ですね」と感想を述べたら、お母さんが「この絵は息子が描いてプレゼントしてくれた」と言ったので、JPと2人でうなるほかなかった。
「息子はこんなに素敵な絵も描けるんですよ」と自慢げに言われたからというよりも、「自分で描いた絵を、お母さんにプレゼントする」という、その青年の優しさに感銘したと言ったほうが正しい。自慢の息子に違いない。
バカロレアの試験を受けるために準備していたテキストは、夏目漱石の『我が輩は猫である』だった。翻訳ではなく、日本語で書かれた本だ。今どき日本の高校生でも夏目漱石を漢字とひらがなで読む学生は少ないのじゃないだろうか。びっくりする。
こういう若者が、日本文化を大切にして、わざわざ海を渡って勉強してくれて、フランスで紹介してくれるなら、どんどん応援したい。刺激されて、私も勉強するしかない。
リュドヴィックさんのお母さんは幼稚園の先生だ。この幼稚園では今年一年「日本」をテーマにした様々な活動が行われていた。日本から派遣されて来た保母さんが毎週幼稚園児に日本語を教えて、日本の踊りや折り紙も教え、発表した。日本年を締めくくる最後のお祭りに、招待していただいたが、ちょうど私たちも学校のお祭りの日だったので、行くことができなかった。リュドヴィックさんは、私の代わりに書道のデモンストレーションを行なった。きっと私より上手なお習字を披露できたに違いない。
2006/06/30
2006/06/29
ディスカヴァリー・メニュー
暑かったので、後回しにしていたが、じつは、仕事が入っていた。
この一年ぐらい毎月定期でもらっている、メニューの翻訳だ。
春はイチゴやアスパラガスをテーマにしたメニューだったが、夏となって、冷たい料理が増えた。
食べてもいないのに、メニューを訳すのは大変だ。
インターネットで食通やレストランのサイトを検索すると、フランス料理のほとんどがカタカナ表記だ。仕事でもらっているメニューにはなかったのだが、インターネットで検索中に《グルニュイ》という単語がでて来て、「なんだこれ?」と思ってフランス語を見たら《カエル》だった。
カエルのモモの肉というのは、チキンみたいな感じで、「カエルだ!」と思わなければ、日本人でも食べられると思う。ぜんぜん臭くないし、クセがない。でも日本人は《カエル》ときいたらやっぱり食べたがらない。《カエル》ときいたら、脳裏に理科実験で腹を割いたカエルの、股を開いた様子が目に浮かぶのだろうか。
六年生のカエルの実験の時には、朝念じて熱を出し、学校を休んだので、理科実験でカエルのお腹を切ったりはしなかった。カエル嫌いで有名な「ト」さんは、しっかり学校にでて来て、しっかり気絶しかけていたらしい。私は絶対にカエルのはらわたなんか見たくなかったので、念じていたら熱が出た。それぐらい嫌わなきゃカエル嫌いとは言えないのだ。
《グルニュイ》は一回食べさせられたけど、それきり食べようとは思わない。一回味見したから嫌いと言える。《サーヴェル (たぶん羊の)脳みそ》も食べたことがある。《エスカルゴ》も食べたことがあるが、私はミナが好きだから、貝類には強い。「これは貝なんだ」と念じたらエスカルゴも食べられた。でも一回食べたからもう食べないと思う。
コックさんのお得意料理、季節の珍味、レストランお勧めの料理を集めたメニューがあって、こういうのは昔だったら《料理長お勧めのメニュー》などとやっていた。でもインターネットでいろいろ調べたら《ムニュ・デクべールト》とか《ディスカヴァリー・メニュー》となっていて、腹が立って来た。
《ムニュ・デクベールト》だったら、日本に住んでいる日本人の耳で聞いたフランス語をカタカナにしただけだ。こーんなふうには発音しないし、書き換えたとはいえフランス語のままなら、翻訳者の名が廃る。いちおう訳した風で、しかもこのほうが日本人には感覚としてとらえやすそう、と妥協して《ディスカヴァリー・メニュー》としておいた。ちょっと悲しい。誇りを傷つけられた気分だ。でも、いまの日本人はどんなものにも簡単にカタカナを使うし、時には、カタカナで現した外来語のほうが感覚的にわかりやすかったりもするので、柔軟にならなければいけないのだと思う。
インターネットで見たら《ミトネ》という単語が料理用語としてよく使われているのだと理解できたが、誰もがそう表記しているわけではなかったので、私は私のかすかに残っているプライドとともに《レギューム・ミトネ》とせずに《とろ煮の野菜》とした。
《イチゴ》とか《サーモン》はカタカナにしたが、《桃》や《鴨》は漢字のほうが素敵じゃないかと思った。
だいたい《カモ》と書いたら、まるで、デートに連れて行ってよと言われて、彼女を三ツ星に招待したのに、車で送ってじゃあまた明日と言われてドアの内側には入れてもらえず、あげくの果てに翌日には捨てられた男、みたいじゃないの?
《ミトネ》は、来月以降どうするか、コメントが来てから考える。
この一年ぐらい毎月定期でもらっている、メニューの翻訳だ。
春はイチゴやアスパラガスをテーマにしたメニューだったが、夏となって、冷たい料理が増えた。
食べてもいないのに、メニューを訳すのは大変だ。
インターネットで食通やレストランのサイトを検索すると、フランス料理のほとんどがカタカナ表記だ。仕事でもらっているメニューにはなかったのだが、インターネットで検索中に《グルニュイ》という単語がでて来て、「なんだこれ?」と思ってフランス語を見たら《カエル》だった。
カエルのモモの肉というのは、チキンみたいな感じで、「カエルだ!」と思わなければ、日本人でも食べられると思う。ぜんぜん臭くないし、クセがない。でも日本人は《カエル》ときいたらやっぱり食べたがらない。《カエル》ときいたら、脳裏に理科実験で腹を割いたカエルの、股を開いた様子が目に浮かぶのだろうか。
六年生のカエルの実験の時には、朝念じて熱を出し、学校を休んだので、理科実験でカエルのお腹を切ったりはしなかった。カエル嫌いで有名な「ト」さんは、しっかり学校にでて来て、しっかり気絶しかけていたらしい。私は絶対にカエルのはらわたなんか見たくなかったので、念じていたら熱が出た。それぐらい嫌わなきゃカエル嫌いとは言えないのだ。
《グルニュイ》は一回食べさせられたけど、それきり食べようとは思わない。一回味見したから嫌いと言える。《サーヴェル (たぶん羊の)脳みそ》も食べたことがある。《エスカルゴ》も食べたことがあるが、私はミナが好きだから、貝類には強い。「これは貝なんだ」と念じたらエスカルゴも食べられた。でも一回食べたからもう食べないと思う。
コックさんのお得意料理、季節の珍味、レストランお勧めの料理を集めたメニューがあって、こういうのは昔だったら《料理長お勧めのメニュー》などとやっていた。でもインターネットでいろいろ調べたら《ムニュ・デクべールト》とか《ディスカヴァリー・メニュー》となっていて、腹が立って来た。
《ムニュ・デクベールト》だったら、日本に住んでいる日本人の耳で聞いたフランス語をカタカナにしただけだ。こーんなふうには発音しないし、書き換えたとはいえフランス語のままなら、翻訳者の名が廃る。いちおう訳した風で、しかもこのほうが日本人には感覚としてとらえやすそう、と妥協して《ディスカヴァリー・メニュー》としておいた。ちょっと悲しい。誇りを傷つけられた気分だ。でも、いまの日本人はどんなものにも簡単にカタカナを使うし、時には、カタカナで現した外来語のほうが感覚的にわかりやすかったりもするので、柔軟にならなければいけないのだと思う。
インターネットで見たら《ミトネ》という単語が料理用語としてよく使われているのだと理解できたが、誰もがそう表記しているわけではなかったので、私は私のかすかに残っているプライドとともに《レギューム・ミトネ》とせずに《とろ煮の野菜》とした。
《イチゴ》とか《サーモン》はカタカナにしたが、《桃》や《鴨》は漢字のほうが素敵じゃないかと思った。
だいたい《カモ》と書いたら、まるで、デートに連れて行ってよと言われて、彼女を三ツ星に招待したのに、車で送ってじゃあまた明日と言われてドアの内側には入れてもらえず、あげくの果てに翌日には捨てられた男、みたいじゃないの?
《ミトネ》は、来月以降どうするか、コメントが来てから考える。
2006/06/28
お誕生会
ノエミがクラスメートのテオ君の誕生会に呼ばれた。連れて行ったら、「コーヒーでもどうぞ」と誘われて、ノエミ以外に招待されていたママ連たちと、お茶することになった。
知らない人のいっぱいいるところでお茶するのは、かなり苦手だ。そこで、興味ありげに、いろいろ質問されるのもいやだが、いかにも興味ありませんというふうに、無視されるのはもっと居心地が悪い。
本日はお誕生会に呼ばれて来たのだから、ホスト役のご両親がいろいろ気を遣ってくれて、そこに居た人たちに私を紹介してくれたり、失礼にならない程度との思いやりがわかる態度で、程よく私のことを訊いてくれたり、ノエミのことを誉めてくれたりした。
テオのお家は、丘の上の高台にあって、塀も壁もない代わりに、ご近所の目もない。庭に立って360度見渡せる家にお邪魔したのは、久しぶりだった。お家の人は庭を、裸で走り回っても、きっと大丈夫だろう。プールがあって、20人ぐらい招待していた。
招待されると招待仕返すのがしきたりだが、「招待するのが申し分けない」ということもたびたびある。おまけにテオの弟のユーゴーとゾエが同じくらいの年齢なので、「ユーゴーのお誕生日にはゾエちゃんを呼ばせて」と言われてしまった。2人とも呼ばれたら、ご両親さまを夕食にご招待とか。。。そういうことまで、普通だったら考えねばならない。
「ゾエは夏休み中だし、ノエミは冬休み中なので、誕生会はしないんですけど、いつかお茶でも飲みに来てください」などと言って、とりあえず逃げた。まずい、これではできかけたお茶友を失う。
テオのお父さんは町で眼鏡屋さんをやっている。お母さんもたぶん仕事していると思う。いつも仕事に行くような化粧をして、キャリアウーマンみたいな服を着ているけど、じつは専業主婦かもしれない。おとなしい女の子が2人居て、私はこーんなにやつれているのに、学校でも一番という暴れ者の男の子が2人も居るお母さんがあんなにきれいなのは、絶対なにか、ある。お家もあーんなにきれいだった。どういうことだ!?
テオのお父さんとお母さんは、雑誌から抜け出て来たようなカップルだ。
お父さんは、バービーの恋人のケンみたいに、笑うときらっと輝く白い歯に、最先端のスーツなんか来ている。プールサイドで身につけていた水着も、今年人気の柄で、色も褪せていなかったから、去年は履いていなかったに違いない。
お母さんは、こめかみにシャネルのロゴがどーんと入ったかっこいいサングラスを、スターみたいに頭の上に載せている。「ケン」の横に立っていると、本当にバービーみたいだが、身長が足りない。私よりも背が高いけれども、私と同じで「16歳用の服が入るから安上がり」と言っている。
敗北感にまみれて帰宅したが、じつは思っていたよりもとても感じのよい人たちで、おしゃべりは楽しく、もしかしたら相手に合わせてくれるという、優しさを持った人たちなのかなーと期待できた。ユーゴーのお誕生日で、また会えるのが、じつは楽しみだ。
知らない人のいっぱいいるところでお茶するのは、かなり苦手だ。そこで、興味ありげに、いろいろ質問されるのもいやだが、いかにも興味ありませんというふうに、無視されるのはもっと居心地が悪い。
本日はお誕生会に呼ばれて来たのだから、ホスト役のご両親がいろいろ気を遣ってくれて、そこに居た人たちに私を紹介してくれたり、失礼にならない程度との思いやりがわかる態度で、程よく私のことを訊いてくれたり、ノエミのことを誉めてくれたりした。
テオのお家は、丘の上の高台にあって、塀も壁もない代わりに、ご近所の目もない。庭に立って360度見渡せる家にお邪魔したのは、久しぶりだった。お家の人は庭を、裸で走り回っても、きっと大丈夫だろう。プールがあって、20人ぐらい招待していた。
招待されると招待仕返すのがしきたりだが、「招待するのが申し分けない」ということもたびたびある。おまけにテオの弟のユーゴーとゾエが同じくらいの年齢なので、「ユーゴーのお誕生日にはゾエちゃんを呼ばせて」と言われてしまった。2人とも呼ばれたら、ご両親さまを夕食にご招待とか。。。そういうことまで、普通だったら考えねばならない。
「ゾエは夏休み中だし、ノエミは冬休み中なので、誕生会はしないんですけど、いつかお茶でも飲みに来てください」などと言って、とりあえず逃げた。まずい、これではできかけたお茶友を失う。
テオのお父さんは町で眼鏡屋さんをやっている。お母さんもたぶん仕事していると思う。いつも仕事に行くような化粧をして、キャリアウーマンみたいな服を着ているけど、じつは専業主婦かもしれない。おとなしい女の子が2人居て、私はこーんなにやつれているのに、学校でも一番という暴れ者の男の子が2人も居るお母さんがあんなにきれいなのは、絶対なにか、ある。お家もあーんなにきれいだった。どういうことだ!?
テオのお父さんとお母さんは、雑誌から抜け出て来たようなカップルだ。
お父さんは、バービーの恋人のケンみたいに、笑うときらっと輝く白い歯に、最先端のスーツなんか来ている。プールサイドで身につけていた水着も、今年人気の柄で、色も褪せていなかったから、去年は履いていなかったに違いない。
お母さんは、こめかみにシャネルのロゴがどーんと入ったかっこいいサングラスを、スターみたいに頭の上に載せている。「ケン」の横に立っていると、本当にバービーみたいだが、身長が足りない。私よりも背が高いけれども、私と同じで「16歳用の服が入るから安上がり」と言っている。
敗北感にまみれて帰宅したが、じつは思っていたよりもとても感じのよい人たちで、おしゃべりは楽しく、もしかしたら相手に合わせてくれるという、優しさを持った人たちなのかなーと期待できた。ユーゴーのお誕生日で、また会えるのが、じつは楽しみだ。
2006/06/27
ざジズーぜぞー
サッカーをやっている。うちにはテレビもないし、サッカー好きもいないので、あまり関心ない。でも、日本から「フランス勝ったね、おめでとう」などのメールが入る。ちょうどその頃、ウィンブルドンのテニスで、日本人の女性が健闘中のニュースはラジオで聞いていたけど、わざわざ「日本人がんばってますね、おめでとう。応援しています」などのメールは誰も書かずにいた。けっこう薄情だ。
親の家で暮らしている時には、《青梅マラソン》も《オリンピックゲーム》も《甲子園》も、盛んに見ていた。親がつけていたから。《大相撲 秋場所》なども必ずついていたけど、私はあれだけはどーも嫌いだ。
私はなぜかアイスダンスだけは好きだ。
そういえば海外でも衛星放送で日本の番組が見られるよと、よく人に言われる。
「で?何が見れるの?」と訊ねると《SUMO》と返事が来るので《ちっ》と舌打ちしてしまう。
余談だが、両親が日本人でフランスで育ったかずし君という少年が、「ちぇっ」と舌打ちするさまが、かなり印象的だった。「ちぇっ」と言うのだ。はっきり声に出して言うのだ。
「ちぇっ」というのは、確かに《舌打ち》の表現だけど、これは漫画などで《音》を表現する時の文字ではないか?擬態語って、書くことは多いけど、あまり声に出して言う人はいないのではないか?マンガで日本語を勉強する若者の落とし穴だ。
《ちぇっ》というのは《ごっくん》とか《しくしく》みたいなものではないだろうか?《しくしく》とか《さめざめ》と言いながら泣く人なんていない。ちなみに《ちぇっ》は広辞苑に載っていなかった。擬態語なんだろうか?それとも擬音語?(問題提起、宿題とする)
本題に戻る。
日本の芸術家やスポーツ選手の活躍を、テレビやラジオで訊くことはほとんどない。
音楽方面での日本人の活躍は目覚ましいと思う。ラジオで音楽番組を聞いているからだろうか?
でもスポーツ界の日本人の活躍は、ほとんどきかない。アイススケートと、スキーのジャンプはとても優秀よと、誰かにきいた覚えもある。そういう公式の試合で日本人を応援しないのは、わたしって薄情なんだろうか?《相撲》を見ないのは、よくない日本人の証なんだろうか?
この前インターネットのラジオ(http://www.nhk.or.jp/nhkworld/japanese/index.html)で相撲の中継を聞いてみたら、一番強い関取は韓国人だった。相撲界はハワイ人だけではなくて韓国人にまで乗っ取られているとは、知らなかったのでびっくり、ちょっとがっかりした。
《がっかり》の瞬間に、ささやかな愛国心が生まれた。(?)
フランスサッカー界のホープ《ジズー》は、私でも知っている。とても控えめな彼は、あまりマスコミでも口を開かないし、口を開くとみんながほろりと涙を流すようなことを言う。ボランティアとか、チェリティーとか、そういうことにもたくさん参加しているみたいだ。一度彼がプレーしているのをテレビで見た。
あれよあれよと敵のゴールへ向かい、ひらひらと飛ぶように芝生の波間を泳いでいた。いつも真剣で、厳しい顔をしているのに、ボールにはとっても優しいんだろうねえーと思った。ボールのほうが彼を好きみたいだった。もうすぐ現役をやめるらしい。惜しまれてやめられるのが潔くてよい、と私は思うけど、ちょっと勿体ない。
サッカーの試合の日は、テレビやラジオをつけなくてもわかる。試合前に、トリコロールの国旗を翻しながら、若者たちが車で走り回る。
試合が終わると、ご近所から一斉に声が上がる。
勝った場合には、試合終了の数分後に、クラクションを鳴らしながら、(たぶん国旗も翻しながら)走り回る車の数が増える。
決勝に近づくに連れて、走り回る車の数や、路上での騒ぎが増える。
みんなにとっての、眠れぬ夜。
時差があるから、日本のみんなには大変だ。
親の家で暮らしている時には、《青梅マラソン》も《オリンピックゲーム》も《甲子園》も、盛んに見ていた。親がつけていたから。《大相撲 秋場所》なども必ずついていたけど、私はあれだけはどーも嫌いだ。
私はなぜかアイスダンスだけは好きだ。
そういえば海外でも衛星放送で日本の番組が見られるよと、よく人に言われる。
「で?何が見れるの?」と訊ねると《SUMO》と返事が来るので《ちっ》と舌打ちしてしまう。
余談だが、両親が日本人でフランスで育ったかずし君という少年が、「ちぇっ」と舌打ちするさまが、かなり印象的だった。「ちぇっ」と言うのだ。はっきり声に出して言うのだ。
「ちぇっ」というのは、確かに《舌打ち》の表現だけど、これは漫画などで《音》を表現する時の文字ではないか?擬態語って、書くことは多いけど、あまり声に出して言う人はいないのではないか?マンガで日本語を勉強する若者の落とし穴だ。
《ちぇっ》というのは《ごっくん》とか《しくしく》みたいなものではないだろうか?《しくしく》とか《さめざめ》と言いながら泣く人なんていない。ちなみに《ちぇっ》は広辞苑に載っていなかった。擬態語なんだろうか?それとも擬音語?(問題提起、宿題とする)
本題に戻る。
日本の芸術家やスポーツ選手の活躍を、テレビやラジオで訊くことはほとんどない。
音楽方面での日本人の活躍は目覚ましいと思う。ラジオで音楽番組を聞いているからだろうか?
でもスポーツ界の日本人の活躍は、ほとんどきかない。アイススケートと、スキーのジャンプはとても優秀よと、誰かにきいた覚えもある。そういう公式の試合で日本人を応援しないのは、わたしって薄情なんだろうか?《相撲》を見ないのは、よくない日本人の証なんだろうか?
この前インターネットのラジオ(http://www.nhk.or.jp/nhkworld/japanese/index.html)で相撲の中継を聞いてみたら、一番強い関取は韓国人だった。相撲界はハワイ人だけではなくて韓国人にまで乗っ取られているとは、知らなかったのでびっくり、ちょっとがっかりした。
《がっかり》の瞬間に、ささやかな愛国心が生まれた。(?)
フランスサッカー界のホープ《ジズー》は、私でも知っている。とても控えめな彼は、あまりマスコミでも口を開かないし、口を開くとみんながほろりと涙を流すようなことを言う。ボランティアとか、チェリティーとか、そういうことにもたくさん参加しているみたいだ。一度彼がプレーしているのをテレビで見た。
あれよあれよと敵のゴールへ向かい、ひらひらと飛ぶように芝生の波間を泳いでいた。いつも真剣で、厳しい顔をしているのに、ボールにはとっても優しいんだろうねえーと思った。ボールのほうが彼を好きみたいだった。もうすぐ現役をやめるらしい。惜しまれてやめられるのが潔くてよい、と私は思うけど、ちょっと勿体ない。
サッカーの試合の日は、テレビやラジオをつけなくてもわかる。試合前に、トリコロールの国旗を翻しながら、若者たちが車で走り回る。
試合が終わると、ご近所から一斉に声が上がる。
勝った場合には、試合終了の数分後に、クラクションを鳴らしながら、(たぶん国旗も翻しながら)走り回る車の数が増える。
決勝に近づくに連れて、走り回る車の数や、路上での騒ぎが増える。
みんなにとっての、眠れぬ夜。
時差があるから、日本のみんなには大変だ。
2006/06/25
旅行計画
友達のために、インターネットで調べものをしていたのだった。
夏休みに日本から友達が来る。せっかく日本から来るのだから、パリには行きたいと思うけど、パリに行きたいといわれたら、ちょおっと困る。遠いので。
「パリの土産は空港か飛行機の中で買うとして、地図で見たら、スペインとかって近そう?行ける?」などと言ってきた。
うちを拠点にして、10日の全滞在期間にこの辺を案内して、残った3-4日もあれば行ける『すぐそこの外国』が4カ国ある。
イタリアとモナコと、スペインとアンドラだ。車ですすーっと行ける。
モナコのそばにJPの親戚が住んでいて、モナコで冠婚葬祭をやったから、行ったことがある。モナコというのは、映画祭のあるカンヌや、マティスの美術館のあるニースに向かって行くと、いきなり現れる『ロッシェ(岩)』の上に、美しく聳えるお城が見えて来る。そこには、歳取った髪の薄い王子様やら、おてんばで浮気者で、おしゃれで派手なお姫様が、ゴシップ紙に狙われながら住んでいる。水族館と植物館が素晴らしい、金持ちしか住んでいない国だ。イギリスのバッキンガム宮殿みたいに、宮殿の入り口におもちゃみたいな兵隊さんが立っていて、むすっとした顔のまま一直線に地平を見ている。(宮殿は見ていない)ちょっと笑わしたろ、と思って、兵隊さんの周囲でおちゃらけたことをやってみたけど、笑わなかった。あれは、面白い。
アンドラというのは、フランスとスペインの国境になっているピレネーの山頂にある、小さな小さな国で、冬に行くのはけっこう大変だ。ここには10年前の里帰りの直前に『お土産』を買いに行った。ここはいちおう『外国』なので、お土産が免税で買えるのだ。この頃ではフランスではタバコにかけられる税金がものすごく高いらしいので、バスツアーが出て、タバコやお酒を買いに訪れる人たちでにぎわっているらしい。タバコを外国に行ってまで買うなんて、ちょっとあほらしい。はっきり言って、タバコを吸う人は嫌いだ。
イタリアもスペインも自動車や電車だけでなく、自転車やヒッチハイクや徒歩でも行ける。ふと思ったが、馬でも行けるんだろうか?馬はパスポートもないだろうし?どうだろう?今度調べてみよう。
うちからだとスペインまでバスで旅行するのが一番簡単で、安上がりだと、JPの意見。
ただし、マドリッドやバルセロナまでだとかなり遠いし、大都市のホテルに泊まったりするのは高くつくので、私にはとんでもない旅行になってしまう。できない。
お金がないから今年は旅行をせずに、来る者は拒まずでお友達を歓迎しようと思っていたのだから、スペインまで旅行することになるのは、かなりまずい。
とりあえず、友達がお金を出してくれるというので、『冷房も車もないエコロな夏』を目指していたJPにむっとされながら、子連れでも安心、冷房完備の快適なレンタカーを借りることにした。それで行けるところまで行く、ということになった。モナコはフランス語が通じるし、コートダジュールは前に住んでいて、懐かしくもあるので、モナコまでは行ってみたいと思っている。フランスの終わりにちょっと侵入しているようなモナコを出ると、JPのおばあさんが住んでいた、フランス領のマントンという町があって、そこを過ぎるとイタリア国境の税関にたどり着き、イタリア領バンティミーという小さな町まで15分も掛からない。
友達が10日しか滞在できないというのは、実に淋しい。フランスの私が見て気に入っている場所だけでも、全部案内している時間はないし、私が行ったことがないけど、ぜひ観光してみたい場所というのもある。
「また来たい。来て別なとこ廻ろう」と言わせるしかない。
夏休みに日本から友達が来る。せっかく日本から来るのだから、パリには行きたいと思うけど、パリに行きたいといわれたら、ちょおっと困る。遠いので。
「パリの土産は空港か飛行機の中で買うとして、地図で見たら、スペインとかって近そう?行ける?」などと言ってきた。
うちを拠点にして、10日の全滞在期間にこの辺を案内して、残った3-4日もあれば行ける『すぐそこの外国』が4カ国ある。
イタリアとモナコと、スペインとアンドラだ。車ですすーっと行ける。
モナコのそばにJPの親戚が住んでいて、モナコで冠婚葬祭をやったから、行ったことがある。モナコというのは、映画祭のあるカンヌや、マティスの美術館のあるニースに向かって行くと、いきなり現れる『ロッシェ(岩)』の上に、美しく聳えるお城が見えて来る。そこには、歳取った髪の薄い王子様やら、おてんばで浮気者で、おしゃれで派手なお姫様が、ゴシップ紙に狙われながら住んでいる。水族館と植物館が素晴らしい、金持ちしか住んでいない国だ。イギリスのバッキンガム宮殿みたいに、宮殿の入り口におもちゃみたいな兵隊さんが立っていて、むすっとした顔のまま一直線に地平を見ている。(宮殿は見ていない)ちょっと笑わしたろ、と思って、兵隊さんの周囲でおちゃらけたことをやってみたけど、笑わなかった。あれは、面白い。
アンドラというのは、フランスとスペインの国境になっているピレネーの山頂にある、小さな小さな国で、冬に行くのはけっこう大変だ。ここには10年前の里帰りの直前に『お土産』を買いに行った。ここはいちおう『外国』なので、お土産が免税で買えるのだ。この頃ではフランスではタバコにかけられる税金がものすごく高いらしいので、バスツアーが出て、タバコやお酒を買いに訪れる人たちでにぎわっているらしい。タバコを外国に行ってまで買うなんて、ちょっとあほらしい。はっきり言って、タバコを吸う人は嫌いだ。
イタリアもスペインも自動車や電車だけでなく、自転車やヒッチハイクや徒歩でも行ける。ふと思ったが、馬でも行けるんだろうか?馬はパスポートもないだろうし?どうだろう?今度調べてみよう。
うちからだとスペインまでバスで旅行するのが一番簡単で、安上がりだと、JPの意見。
ただし、マドリッドやバルセロナまでだとかなり遠いし、大都市のホテルに泊まったりするのは高くつくので、私にはとんでもない旅行になってしまう。できない。
お金がないから今年は旅行をせずに、来る者は拒まずでお友達を歓迎しようと思っていたのだから、スペインまで旅行することになるのは、かなりまずい。
とりあえず、友達がお金を出してくれるというので、『冷房も車もないエコロな夏』を目指していたJPにむっとされながら、子連れでも安心、冷房完備の快適なレンタカーを借りることにした。それで行けるところまで行く、ということになった。モナコはフランス語が通じるし、コートダジュールは前に住んでいて、懐かしくもあるので、モナコまでは行ってみたいと思っている。フランスの終わりにちょっと侵入しているようなモナコを出ると、JPのおばあさんが住んでいた、フランス領のマントンという町があって、そこを過ぎるとイタリア国境の税関にたどり着き、イタリア領バンティミーという小さな町まで15分も掛からない。
友達が10日しか滞在できないというのは、実に淋しい。フランスの私が見て気に入っている場所だけでも、全部案内している時間はないし、私が行ったことがないけど、ぜひ観光してみたい場所というのもある。
「また来たい。来て別なとこ廻ろう」と言わせるしかない。
2006/06/24
宴会
アントワンくんの具合も良くなったので、予定どおり、モーガンたち家族を夕食に招待した。
モーガンはカンボジアで生まれた。
生まれた頃にカンボジアでは戦争をやっていて、母親を亡くしたあと、祖父母と父親と一緒にフランスに亡命した。父親はモーガンが3歳以上の時に、フランスで同じカンボジア出身の女性と再婚した。モーガンには三人の妹と弟が生まれたけれども、その時にはモーガンはすでにフランス人の家庭に預けられて、フランス人と同じ生活をし、カンボジア語も全く話せなくなってしまっていたので、カンボジア人の新しい家族とはうまく生きていけなかった。
そのため、養子に引き取られたり、施設に送られたり、たまに家族と会ってけんかしたり、などなどしながら大きくなった人だ。彼女は口が悪くて、声が大きい。開けっぴろげでけっこう図々しいが、遠慮と親切はよく知っている。さりげない繊細な心遣いのできる人だ。彼女の口から親兄弟の話が出るまで、苦労ばかりで大きくなったような人だとは思いもしなかった。暗さのみじんも感じさせない。知らない人まであっというまに明るくしてしまう人だ。
私は彼女といると、わがままを言うことや、やきもちを焼くことや、不満を言うことや、努力しないということの醜さを感じる。自分たちは裕福とは言えなくても幸福で、私にとっては不自由のない少女時代を過ごせたこと。毎日は会えないし、よく行き違ってもいるが、「そこ」に居て助けてくれる家族が、いまだに「そこ」にいるという幸せを感じる。助けてもらってばかりで、助けてあげられない、というあたりの一方通行だけれども。
彼女は「みのりはフランスでたった1人でがんばっている偉い」と言ってくれる。「私たち似ているから助け合おう」と言う。ちっとも似ていないのに。母や姉たちが日本から送ってくれる小包みをみて、うらやましがる。中をのぞいて、「うらやましい」と言う。
彼女が「うらやましい」と言うとき、私は素直に「じゃあいっしょに食べよう」と分けたくなる。彼女が居ない時に小包が届いたら、電話して小包みの山分けをとりに来るように言う。
モーガンはカンボジアで生まれて、しっかりアジア人の顔をしているから、フランス人は「アジア人だ」と思って声を掛けてくれないこともある。フランス人からは「アジア人だ」と言って区別されることもある。でも彼女にはフランス人の文化しかない。
アントワンくんとゾエは「ふたごですか?」と言われることがあるし、私とモーガンは「姉妹ですか」と訊かれることもある。(似てなくてもアジア系はみんないちおう兄弟?と言われる)
モーガンは、私と居ると「アジア」の雰囲気を感じることができるようなのだ。私は「カンボジアの文化」というものは知らないけれども、モーガンは「アジア系」でいっしょくたにしている《フランス人》だから、日本もカンボジアもたいしてかわらないらしいのだ。ほかのどんなフランス人とも同じ考え方だ。
うちに来て、漆塗りのお椀でみそ汁を食べたり、お箸でお寿司をつまんだりするのが、たまらなく好きだ。日本のものは何でも好きだ。アジア的な装飾品のような「物」は好きでも、「刺身」のような特殊な食べ物を「口に入れることはできない」という《アジア好き》はいっぱいいる。でも、モーガンは何でも好きだ。料理だったら、すぐにレシピを書き留めるし、写真だったらコピーして行く。私がなにか「あげるよ」というと何でももらって行く。
食の細いアントワンくんが《ふりかけご飯》だったら何杯でもいけるということが判明したので、私もモーガンもアントワンくんに、せっせとふりかけご飯を食べさせている。
夕食では、ブタ唐揚げの南蛮漬けと、まき寿司、カリフラワーとアスパラガスの酢みそ和え、グ沢山、豆腐とわかめ入りみそ汁(赤だし)、などなどを出した。普段は押し入れに入ったままの、お祝いの日のためだけのきれいなお椀や小皿を大放出した。
とても楽しい夕食会だった。今度いっしょにアジア雑貨の店に行って、《日本人の台所に必要な物》をモーガンと2人で物色する予定。
モーガンはカンボジアで生まれた。
生まれた頃にカンボジアでは戦争をやっていて、母親を亡くしたあと、祖父母と父親と一緒にフランスに亡命した。父親はモーガンが3歳以上の時に、フランスで同じカンボジア出身の女性と再婚した。モーガンには三人の妹と弟が生まれたけれども、その時にはモーガンはすでにフランス人の家庭に預けられて、フランス人と同じ生活をし、カンボジア語も全く話せなくなってしまっていたので、カンボジア人の新しい家族とはうまく生きていけなかった。
そのため、養子に引き取られたり、施設に送られたり、たまに家族と会ってけんかしたり、などなどしながら大きくなった人だ。彼女は口が悪くて、声が大きい。開けっぴろげでけっこう図々しいが、遠慮と親切はよく知っている。さりげない繊細な心遣いのできる人だ。彼女の口から親兄弟の話が出るまで、苦労ばかりで大きくなったような人だとは思いもしなかった。暗さのみじんも感じさせない。知らない人まであっというまに明るくしてしまう人だ。
私は彼女といると、わがままを言うことや、やきもちを焼くことや、不満を言うことや、努力しないということの醜さを感じる。自分たちは裕福とは言えなくても幸福で、私にとっては不自由のない少女時代を過ごせたこと。毎日は会えないし、よく行き違ってもいるが、「そこ」に居て助けてくれる家族が、いまだに「そこ」にいるという幸せを感じる。助けてもらってばかりで、助けてあげられない、というあたりの一方通行だけれども。
彼女は「みのりはフランスでたった1人でがんばっている偉い」と言ってくれる。「私たち似ているから助け合おう」と言う。ちっとも似ていないのに。母や姉たちが日本から送ってくれる小包みをみて、うらやましがる。中をのぞいて、「うらやましい」と言う。
彼女が「うらやましい」と言うとき、私は素直に「じゃあいっしょに食べよう」と分けたくなる。彼女が居ない時に小包が届いたら、電話して小包みの山分けをとりに来るように言う。
モーガンはカンボジアで生まれて、しっかりアジア人の顔をしているから、フランス人は「アジア人だ」と思って声を掛けてくれないこともある。フランス人からは「アジア人だ」と言って区別されることもある。でも彼女にはフランス人の文化しかない。
アントワンくんとゾエは「ふたごですか?」と言われることがあるし、私とモーガンは「姉妹ですか」と訊かれることもある。(似てなくてもアジア系はみんないちおう兄弟?と言われる)
モーガンは、私と居ると「アジア」の雰囲気を感じることができるようなのだ。私は「カンボジアの文化」というものは知らないけれども、モーガンは「アジア系」でいっしょくたにしている《フランス人》だから、日本もカンボジアもたいしてかわらないらしいのだ。ほかのどんなフランス人とも同じ考え方だ。
うちに来て、漆塗りのお椀でみそ汁を食べたり、お箸でお寿司をつまんだりするのが、たまらなく好きだ。日本のものは何でも好きだ。アジア的な装飾品のような「物」は好きでも、「刺身」のような特殊な食べ物を「口に入れることはできない」という《アジア好き》はいっぱいいる。でも、モーガンは何でも好きだ。料理だったら、すぐにレシピを書き留めるし、写真だったらコピーして行く。私がなにか「あげるよ」というと何でももらって行く。
食の細いアントワンくんが《ふりかけご飯》だったら何杯でもいけるということが判明したので、私もモーガンもアントワンくんに、せっせとふりかけご飯を食べさせている。
夕食では、ブタ唐揚げの南蛮漬けと、まき寿司、カリフラワーとアスパラガスの酢みそ和え、グ沢山、豆腐とわかめ入りみそ汁(赤だし)、などなどを出した。普段は押し入れに入ったままの、お祝いの日のためだけのきれいなお椀や小皿を大放出した。
とても楽しい夕食会だった。今度いっしょにアジア雑貨の店に行って、《日本人の台所に必要な物》をモーガンと2人で物色する予定。
2006/06/23
連休
昨日の夕方、小学校の門の前で「幼稚園のゾエの担任は明日もおやすみだが、代行の先生が来る予定」と伝えられていた。でも、うちで遊んで帰る時のアントワンくんが熱っぽかったので、担任の先生が居ないなら、明日もまた預かろうと思っていた。どうせ年度末で、教室では大したことはやっていない。
モーガンはアントワンくんを幼稚園に預けるつもりだったのだが、やっぱり熱があるので、私が預かることにした。モーガンはもしものことを考えて、ちゃんと薬のかばんを持って来ていた。
アントワンくんは《おたふく豆》に含まれるなんとかいう成分のアレルギーで、赤ちゃんの時におたふく豆を食べたとき、白血球と赤血球に異常が起きて、死にそうになったことがある。身体中の血液を取り替えることになった。おたふく豆と同じ成分を含む薬や、おたふく豆以外の食品も危ないので、モーガンは子どもを人に預ける時には必ずそのことに注意してくださいと頼む。もちろん勝手に薬はあげられない。熱があるからうちにある薬を飲ませようなんて親切心を出したら、子どもを殺すことにもなりかねない。こんな子を預かるのはちょっと恐い。
前日よりも具合が悪いのか、アントワンくんは少々ぐずりやで、全体的におとなしかった。
相棒がおとなしいせいか、ゾエもけっこう静かにしていた。
また昼間に川の字になってベッドに寝転がっていたら、2人はすぐに寝入った。
1時半から4時過ぎまで、「ぐーすか」いびきをかいてよく寝た。
子どもたちも年度末で疲れているのかなあ。
おかげで私はいろんなことができた。
ただし朝市には行けなかった。
4時過ぎまで寝かせていたら、今度は夜に困るだろうと思い直して、まだよく寝ている子どもたちのベッド脇で「おやつだよー。おやつの時間だよー」と繰り返して言ったら、一人、また一人と起きて来た。
モーガンが戻って来て、「アントワン、昼寝好きじゃないのよ。どうやって3時間以上も昼寝させられたの?」というので、必殺の《アイスノン》を見せた。
1時半に熱っぽかったので《アイスノン》を出して来て、頭にのせてあげたら、すごく気持ちよいと言った。ベルトでおでこに貼付けるミニ・アイスノンもある。
夜に熱を出したら困るから、と言って、我が家の大小アイスノンを二つ貸してあげた。
帰るときやっぱり熱があって、ちょっと心配。
うちの子たちは健康で丈夫で、親は幸せだなあ、と思った。
モーガンはアントワンくんを幼稚園に預けるつもりだったのだが、やっぱり熱があるので、私が預かることにした。モーガンはもしものことを考えて、ちゃんと薬のかばんを持って来ていた。
アントワンくんは《おたふく豆》に含まれるなんとかいう成分のアレルギーで、赤ちゃんの時におたふく豆を食べたとき、白血球と赤血球に異常が起きて、死にそうになったことがある。身体中の血液を取り替えることになった。おたふく豆と同じ成分を含む薬や、おたふく豆以外の食品も危ないので、モーガンは子どもを人に預ける時には必ずそのことに注意してくださいと頼む。もちろん勝手に薬はあげられない。熱があるからうちにある薬を飲ませようなんて親切心を出したら、子どもを殺すことにもなりかねない。こんな子を預かるのはちょっと恐い。
前日よりも具合が悪いのか、アントワンくんは少々ぐずりやで、全体的におとなしかった。
相棒がおとなしいせいか、ゾエもけっこう静かにしていた。
また昼間に川の字になってベッドに寝転がっていたら、2人はすぐに寝入った。
1時半から4時過ぎまで、「ぐーすか」いびきをかいてよく寝た。
子どもたちも年度末で疲れているのかなあ。
おかげで私はいろんなことができた。
ただし朝市には行けなかった。
4時過ぎまで寝かせていたら、今度は夜に困るだろうと思い直して、まだよく寝ている子どもたちのベッド脇で「おやつだよー。おやつの時間だよー」と繰り返して言ったら、一人、また一人と起きて来た。
モーガンが戻って来て、「アントワン、昼寝好きじゃないのよ。どうやって3時間以上も昼寝させられたの?」というので、必殺の《アイスノン》を見せた。
1時半に熱っぽかったので《アイスノン》を出して来て、頭にのせてあげたら、すごく気持ちよいと言った。ベルトでおでこに貼付けるミニ・アイスノンもある。
夜に熱を出したら困るから、と言って、我が家の大小アイスノンを二つ貸してあげた。
帰るときやっぱり熱があって、ちょっと心配。
うちの子たちは健康で丈夫で、親は幸せだなあ、と思った。
Inscription à :
Articles (Atom)