先日から誕生日をすでに二回も祝ってもらったので、当日の本日は41歳を超えた計算だ。
日本ではみどりの日だけれども、今日はみのりの日だ。
朝から家を片付けて、ペンキはがしをやり、庭を掃除して、黙々とよく働いた。
夕方おやつを食べながら、JPがにやっと笑いながら映画の案内を見せる。
「映画を観に行こう。なにがいい?」
「ホラー」
子供が居たら見れない映画に決まっている。この頃はアニメと子供向けの、短い映画しか見ていないので、ぼろぼろ泣いて泣きまくるロマンスか、悪夢を見るほどのホラーを見たいと、ずうっと思っていた。
「でもこの映画、上映時間が遅いよ」
「じゃ、その前にレストランに行こう」
ほほお。
「じゃあ、シシカバブ。」
シシカバブというのは北アフリカのファーストフードだが、カーモーにはそんな物を食べさせるレストランがないというので、仕方ないから中華にしてもらった。
中華料理のレストランは二つあって、いつも行くのは教会のそば。ノエミのクラスメート、トマの両親の店だ。
本日は趣向を変えて、映画館のすぐそばの、知らないレストランに入った。
中国人じゃなかったけけど、中華料理だった。
そういえば、日本に帰った時に、友達が連れて行ってくれたお店も「中華」がおいしいというお店で、料理人さんの奥さんは高校の同級生だったので、「まみちゃんのご主人って、中国人なの?」と訊いて笑われた。
中国人じゃなくても中華作るんだよ。日本人だってフランス料理作るでしょ。
ま、たしかにね。
でもフランスでは、日本人じゃない料理人が作った日本料理はすぐにわかる。その店が日本人じゃなかったら、日本料理店に入らない方が身のためだと思っている。
JPがよく「これならみのりでもレストランが開けるね」と言っている。
中華料理はタイ料理みたいだった。料理人はタイ人かもしれないと思いながら、時間がなかったので、感想を述べる間もなく、映画館に走って向かった。
今回のホラーは、久しぶりに大満足のホラーだった。わけわかんないシナリオも、まさに、アメリカホラー映画の醍醐味というか、期待していなかった期待どおりに、いかにもホラーだった。
カンヌ映画祭では賞をとれないと確信できるシナリオだったが、「悪夢を見れるような恐ろしいホラーが見たい」という、私の希望は叶えられ、お誕生日の夜には、朝までたっぷり悪夢を見た。
お誕生日のプレゼントは、念願のお鍋にしてもらった。
家庭用必需品をプレゼントにしないという、JPの信念を曲げていただいて、自分の欲しい物を、いっしょに店に行って、いっしょに選んで買っていただくという。。。念願かなってばかりでうれしいお誕生日であった。うひひ
2006/04/29
2006/04/28
歳をとったけど若返る
朝起きて、コーヒーの香りの立つ台所に入ると、JPがいきなり「お誕生日おめでとう」と言った。絶句する。約30秒、自分が何月何日生まれだったのか、考える。
「今日は28日だよね。」
「そう」
「じゃ、29日は明日だよね」
「そう」
「じゃ、誕生日も明日だよ」
「へ」
自分の誕生日も覚えていない彼だから、こんなことはよくある。
結婚記念日とか、母の日などは一ヶ月前から警告を発して、一週間を切ったら、毎日警報を鳴らさねばならない。
32歳を過ぎてから、自分が何歳だったのか時々わからなくなる。
34歳で白髪がニョキニョキ生えだしてからは、何歳だったのか考えないことにした。
35歳の誕生日からは、誰かがそのことを言うまで、自分ではいっさい言わなくなった。
はじめて教壇に立ったとき私は21歳で、42人の学生の80%は40代以上の中国と韓国からの、労働者だった。当時の日本語学校という所は、中国人で溢れていて、先生と生徒の顔が見分けがつかないので、「教師はきちんとしたスーツを身に着け、女性はきれいにお化粧をすること」などという決まりがあった。中国から単身で来て、昼間は肉体労働やサービス業で働き、夜は半分寝ぼけた顔で仕方なく授業に出てくる、疲れた中国人みたいな顔をしていてはいけなかった。
でも、自分の子供ぐらいの、こぎれいに着飾った、世間知らずな小娘を、「先生」と呼ぶことは精神的に難しいんじゃあなかろうかと思って、学生たちとの歳の差に、私は敏感だった。
なかなか敬語をうまく使えない学生の、本当の問題点は、前に立っている自分ではなかろうかと思った。
だから、クラスでは20代後半ということにしてもらっていた。それでも40代以上の学生から比べたら、見た目で「小娘」だったに違いない。
今は、学生のほとんどは中学生とか高校生で、社会人でも年下のことが多い。だから38歳ですと言ったら、世間をよく知った、もののわかった教師のようなフリができる。
そして、今どきの漫画好きの学生たちが持って来る、今どきの日本の話題や、流行言葉や、流行歌手の名前がわからなくても、「世代が違うねえ」と言って笑ってごまかすことができる。
男性はシワの数だけ魅力が増えるけれども、女性はシワが増えたら振り向いてももらえなくなるような気がして、ちょっとさびしい。
でも、眉間じゃなくて目尻に笑い皺のできるおばさんになりたいと思う。
ラジオで、103歳の女性と結婚した33歳の男性のインタビューがあり、男性は幸せそうに「彼女のシワに刻まれた歴史に惹かれました」と言っていた。テレビじゃないので彼女の皺が一体どんなに魅力的な皺なのか、見ることはできなかったけれども、103歳だったら、かなりシワシワだろう。誉められるようなシワができて、うらやましいかぎりだ。
シワを増やして、なおかつ魅力的に若返えることができたら素敵だ。
「今日は28日だよね。」
「そう」
「じゃ、29日は明日だよね」
「そう」
「じゃ、誕生日も明日だよ」
「へ」
自分の誕生日も覚えていない彼だから、こんなことはよくある。
結婚記念日とか、母の日などは一ヶ月前から警告を発して、一週間を切ったら、毎日警報を鳴らさねばならない。
32歳を過ぎてから、自分が何歳だったのか時々わからなくなる。
34歳で白髪がニョキニョキ生えだしてからは、何歳だったのか考えないことにした。
35歳の誕生日からは、誰かがそのことを言うまで、自分ではいっさい言わなくなった。
はじめて教壇に立ったとき私は21歳で、42人の学生の80%は40代以上の中国と韓国からの、労働者だった。当時の日本語学校という所は、中国人で溢れていて、先生と生徒の顔が見分けがつかないので、「教師はきちんとしたスーツを身に着け、女性はきれいにお化粧をすること」などという決まりがあった。中国から単身で来て、昼間は肉体労働やサービス業で働き、夜は半分寝ぼけた顔で仕方なく授業に出てくる、疲れた中国人みたいな顔をしていてはいけなかった。
でも、自分の子供ぐらいの、こぎれいに着飾った、世間知らずな小娘を、「先生」と呼ぶことは精神的に難しいんじゃあなかろうかと思って、学生たちとの歳の差に、私は敏感だった。
なかなか敬語をうまく使えない学生の、本当の問題点は、前に立っている自分ではなかろうかと思った。
だから、クラスでは20代後半ということにしてもらっていた。それでも40代以上の学生から比べたら、見た目で「小娘」だったに違いない。
今は、学生のほとんどは中学生とか高校生で、社会人でも年下のことが多い。だから38歳ですと言ったら、世間をよく知った、もののわかった教師のようなフリができる。
そして、今どきの漫画好きの学生たちが持って来る、今どきの日本の話題や、流行言葉や、流行歌手の名前がわからなくても、「世代が違うねえ」と言って笑ってごまかすことができる。
男性はシワの数だけ魅力が増えるけれども、女性はシワが増えたら振り向いてももらえなくなるような気がして、ちょっとさびしい。
でも、眉間じゃなくて目尻に笑い皺のできるおばさんになりたいと思う。
ラジオで、103歳の女性と結婚した33歳の男性のインタビューがあり、男性は幸せそうに「彼女のシワに刻まれた歴史に惹かれました」と言っていた。テレビじゃないので彼女の皺が一体どんなに魅力的な皺なのか、見ることはできなかったけれども、103歳だったら、かなりシワシワだろう。誉められるようなシワができて、うらやましいかぎりだ。
シワを増やして、なおかつ魅力的に若返えることができたら素敵だ。
2006/04/27
出発
子どもたちは、祖父母に連れられて、朝早くに出て行ってしまった。
祖父母の住むナルボンヌによってから、コートダジュールのニースという所に行く予定だ。
コートダジュールだけでもかなり豪勢なのに、ニースなんていうリッチしか住んでいないんじゃあないの?と思うような街に行くとは、華やかなヴァカンス。
実はJPの祖父母はニースの出身で、ニースの内陸の方に、先祖代々のアパルトマンがある。一度いったことがあるが、その時には廃屋と化していた。うわさによると今はきれいにして、寝泊まりできるらしい。きれいになってからは行ったことがない。
JPは、観光地も、コートダジュールも好きじゃあないので、一生行くことはないと思う。
ノエミはトゥーロンという街で生まれた。マルセイユからニースに行く時に通るところだ。その頃に日本から友達が来たりもしたので、ニースにもモナコにも行ったことがある。
ニースにはシャガールの美術館があって、そこはとても好きだった。
ニースは映画祭のあるカンヌのすぐそば。ニースもカンヌもモナコもきいただけで《派手そう》と思ってしまう。
子どもたちが居なくなったので、私は前から楽しみにしていたウィンドーショッピングをすることにした。と、言っても、ウィンドーのない店。
家具屋をたくさん歩き回った。家具を買うためではない。そんなお金はないので、自分で何か作ろうかなーと思っている。それで、今どきの家具がどんなものか、見てみたかったのだ。仕組みとか、作り方を丁寧に観察してメモした。面白いアイディアがたくさん湧いてきた。
日本風、中国風の家具が人気らしい。
家に帰って、JPのお母さんが持って来た大量の婦人雑誌や、室内装飾の雑誌を眺めた。そして、台所の脇に置きたいと思っている電話台の設計図を描いた。
うまく描けた。でも、うまく描きすぎて、とっても豪華な家具になってしまった。
そして結果的には「こんなにすごい家具作れなーーーい」という羽目に陥った。
とりあえずは、子供部屋の要らない物を片付けよう。物がありすぎるから家具が欲しくなるが、片付けたら家具なんか要らなくなるかもしれない。
要らなくなった物という物は、ノエミと私の世界には存在しない。
もらった物、買った物、使った物、気に入っているもの、拾った物、集めた物。。。そういった物は「要らなくなる」ということがない。一度手にとったら、それがとっても好きなら特に、愛着がわいてしまう。腹を痛めて生んだ子供のような気がして来る。捨てられない。まだそこにいて欲しい、要らなくなるまで。。。。
とりあえずはその辺一体に散らかっている、本とペンと紙の山を片付ける。私の机の上と全く同じスタイル。ノエミの紙の山の下からは、石ころや古くぎが出てくる。
「なかなかきれいな石を拾ったね」と思ったら捨てられなかった。
捨てない代わりに、私の机の引き出しに片付けた。一応ここで数週間隔離して、思い出さないようだったら捨てることにする。
祖父母の住むナルボンヌによってから、コートダジュールのニースという所に行く予定だ。
コートダジュールだけでもかなり豪勢なのに、ニースなんていうリッチしか住んでいないんじゃあないの?と思うような街に行くとは、華やかなヴァカンス。
実はJPの祖父母はニースの出身で、ニースの内陸の方に、先祖代々のアパルトマンがある。一度いったことがあるが、その時には廃屋と化していた。うわさによると今はきれいにして、寝泊まりできるらしい。きれいになってからは行ったことがない。
JPは、観光地も、コートダジュールも好きじゃあないので、一生行くことはないと思う。
ノエミはトゥーロンという街で生まれた。マルセイユからニースに行く時に通るところだ。その頃に日本から友達が来たりもしたので、ニースにもモナコにも行ったことがある。
ニースにはシャガールの美術館があって、そこはとても好きだった。
ニースは映画祭のあるカンヌのすぐそば。ニースもカンヌもモナコもきいただけで《派手そう》と思ってしまう。
子どもたちが居なくなったので、私は前から楽しみにしていたウィンドーショッピングをすることにした。と、言っても、ウィンドーのない店。
家具屋をたくさん歩き回った。家具を買うためではない。そんなお金はないので、自分で何か作ろうかなーと思っている。それで、今どきの家具がどんなものか、見てみたかったのだ。仕組みとか、作り方を丁寧に観察してメモした。面白いアイディアがたくさん湧いてきた。
日本風、中国風の家具が人気らしい。
家に帰って、JPのお母さんが持って来た大量の婦人雑誌や、室内装飾の雑誌を眺めた。そして、台所の脇に置きたいと思っている電話台の設計図を描いた。
うまく描けた。でも、うまく描きすぎて、とっても豪華な家具になってしまった。
そして結果的には「こんなにすごい家具作れなーーーい」という羽目に陥った。
とりあえずは、子供部屋の要らない物を片付けよう。物がありすぎるから家具が欲しくなるが、片付けたら家具なんか要らなくなるかもしれない。
要らなくなった物という物は、ノエミと私の世界には存在しない。
もらった物、買った物、使った物、気に入っているもの、拾った物、集めた物。。。そういった物は「要らなくなる」ということがない。一度手にとったら、それがとっても好きなら特に、愛着がわいてしまう。腹を痛めて生んだ子供のような気がして来る。捨てられない。まだそこにいて欲しい、要らなくなるまで。。。。
とりあえずはその辺一体に散らかっている、本とペンと紙の山を片付ける。私の机の上と全く同じスタイル。ノエミの紙の山の下からは、石ころや古くぎが出てくる。
「なかなかきれいな石を拾ったね」と思ったら捨てられなかった。
捨てない代わりに、私の机の引き出しに片付けた。一応ここで数週間隔離して、思い出さないようだったら捨てることにする。
2006/04/26
山のようなイチゴ
イチゴを2キロも買った。近所の八百屋に買い出しに行って、ケース入りの山のようなイチゴを見ていたら、よだれが出て来た。JPの両親もやって来ることであるし、イチゴでも出そう。スプレーじゃない、自分で泡立てた生クリームを出してさしあげよう。
同じ日には鳥カゼ菌を恐れた小市民たちが、買わずに避けたとり肉売り場で、いちばん大きい2キロ近くもあるニワトリを買った。私の10年選手のオーブンには鳥を丸焼きにする串がついている。ニワトリは1キロにつき1時間ぐらいオーブンに入れて、勝手にぐるぐる回しておけば、すてきにこんがり、小麦色に焼けたプレ・ロティさま(ローストチキンと言うやつか)が出来上がる。手間いらずだ。2キロ近くもあるので、2時間近くも回しておかねばならない。
いよいよ義父母到着。お泊まり支度も万全に、土産を抱えてやって来る。
翌日には子どもたちを旅行に連れて行くと言っている。
お昼はレストランで食べて来たから、夜は軽くでいいわと言うので、
「鳥の丸焼きです」と言ったら嫌われた。
夜にお肉はいただかない主義。
「ちょっと早いけど、あなたのお誕生会をしましょう」と言って、子どもたちを連れてケーキを買いに出掛けていった。うれしいけど、2キロのイチゴはどうなる?
丸焼きの一部をほぐして、とり肉がほんのちょっと入った野菜サラダを作った。
そして、子どもたちが選んだ、パイナップルのケーキに、ろうそくを数本立てていただいた。
ノエミが39本立てると言ってろうそく入れを荒らしているが、JPが「足りるわけがないだろう」と言って、ノエミの年齢ぐらいでよいということになった。9歳ね、はいはい。
ありがとう、ありがとう。ちょっと早めに歳取っちゃった。ううう
ノエミは自分のお小遣いで《プレイ・モビル》を買ってくれた。小さなひと形をしたおもちゃで、ゾエの小さな手に握れるぐらいの、小さなものだ。家具や、馬車などいろんな部品を買いそろえて行くと、楽しい町が出来上がる。私たち3人は今これにはまっている。
《プレイ・モビル》のファンパークというのがパリにあって、そこに行くのが私たち三人の夢だ。
http://www.playmobil.com/index.html
子どもたちにそれぞれ違ったおもちゃを買ってあげると、貸し借りができなくてよく喧嘩になる。だから、最近は物を買う時には「お母さんのお金で買った、お母さんの物で、アンタたちには貸してあげるだけ」ということにしている。だから喧嘩が始まったら「ハイ私のだから返してね」と言って、取り上げる。実際、私はいまだにままごとやらお医者さんごっこや、学校ごっこや、プレイ・モビルなどを、子どもたちといっしょにやっている。人形の服も作るし、ままごとをすると言えば台所用品を惜しみなく貸す。本物で遊ぶのがいちばん楽しい。
その代わり、まず私が遊んでから貸してあげることにしている。
ノエミが買ったプレイ・モビルは「ネコとネズミを飼っている農家のおばさんという」セットで、箱の中には、エプロンを着ている農家のおばさんと、親猫2匹、子猫2匹、ネズミ2匹、魚の骨ひとつ、猫のお皿ひとつが入っていた。ネズミは大豆の粒ぐらいの大きさしかない。
遊ぼうと思ったら夕飯の後片付けが待っていたのであった。
ケーキを食べ終わったとたんに、お誕生会が終わってしまった。
山のようなイチゴは、明日にでも、ジャムにせねばなるまい。
同じ日には鳥カゼ菌を恐れた小市民たちが、買わずに避けたとり肉売り場で、いちばん大きい2キロ近くもあるニワトリを買った。私の10年選手のオーブンには鳥を丸焼きにする串がついている。ニワトリは1キロにつき1時間ぐらいオーブンに入れて、勝手にぐるぐる回しておけば、すてきにこんがり、小麦色に焼けたプレ・ロティさま(ローストチキンと言うやつか)が出来上がる。手間いらずだ。2キロ近くもあるので、2時間近くも回しておかねばならない。
いよいよ義父母到着。お泊まり支度も万全に、土産を抱えてやって来る。
翌日には子どもたちを旅行に連れて行くと言っている。
お昼はレストランで食べて来たから、夜は軽くでいいわと言うので、
「鳥の丸焼きです」と言ったら嫌われた。
夜にお肉はいただかない主義。
「ちょっと早いけど、あなたのお誕生会をしましょう」と言って、子どもたちを連れてケーキを買いに出掛けていった。うれしいけど、2キロのイチゴはどうなる?
丸焼きの一部をほぐして、とり肉がほんのちょっと入った野菜サラダを作った。
そして、子どもたちが選んだ、パイナップルのケーキに、ろうそくを数本立てていただいた。
ノエミが39本立てると言ってろうそく入れを荒らしているが、JPが「足りるわけがないだろう」と言って、ノエミの年齢ぐらいでよいということになった。9歳ね、はいはい。
ありがとう、ありがとう。ちょっと早めに歳取っちゃった。ううう
ノエミは自分のお小遣いで《プレイ・モビル》を買ってくれた。小さなひと形をしたおもちゃで、ゾエの小さな手に握れるぐらいの、小さなものだ。家具や、馬車などいろんな部品を買いそろえて行くと、楽しい町が出来上がる。私たち3人は今これにはまっている。
《プレイ・モビル》のファンパークというのがパリにあって、そこに行くのが私たち三人の夢だ。
http://www.playmobil.com/index.html
子どもたちにそれぞれ違ったおもちゃを買ってあげると、貸し借りができなくてよく喧嘩になる。だから、最近は物を買う時には「お母さんのお金で買った、お母さんの物で、アンタたちには貸してあげるだけ」ということにしている。だから喧嘩が始まったら「ハイ私のだから返してね」と言って、取り上げる。実際、私はいまだにままごとやらお医者さんごっこや、学校ごっこや、プレイ・モビルなどを、子どもたちといっしょにやっている。人形の服も作るし、ままごとをすると言えば台所用品を惜しみなく貸す。本物で遊ぶのがいちばん楽しい。
その代わり、まず私が遊んでから貸してあげることにしている。
ノエミが買ったプレイ・モビルは「ネコとネズミを飼っている農家のおばさんという」セットで、箱の中には、エプロンを着ている農家のおばさんと、親猫2匹、子猫2匹、ネズミ2匹、魚の骨ひとつ、猫のお皿ひとつが入っていた。ネズミは大豆の粒ぐらいの大きさしかない。
遊ぼうと思ったら夕飯の後片付けが待っていたのであった。
ケーキを食べ終わったとたんに、お誕生会が終わってしまった。
山のようなイチゴは、明日にでも、ジャムにせねばなるまい。
2006/04/24
春休み
4月22日から5月8日まで春休みだ。子どもたちが家にいる。
4月24日と25日はノエミが乗馬の講習会があるというので、静かだった。
ゾエと公園を散歩したり、植物や動物を売っているスーパーに行って、植物園と動物園に遊びに行ったような気分になれた。
屋外にある、家畜のコーナーは、門が閉まっていた。
中国から来るカゼ菌のせいで、鳥や家畜が危ないといううわさなので、動物を飼っているような公園は閉鎖されている。
ノエミとゾエはネズミやハムスターに憧れていて、このスーパーに行くのが好きだ。行ったら欲しがるが、買ったらボボのエサとなり得るので、買ってあげられないし、籠の中で飼う動物は好きじゃない。
だいたい三歳の子供が鳥かごの掃除とか、毎日の餌やりとかできるわけがないので、そんなペットを飼ってしまったら、私がイケニエとなるに決まってる。
ボボを連れて幼稚園の前を通ったら、共働き家庭の子どもたちが、幼稚園に預けられていた。
子どもたちがフェンスに集まって来て、ボボとゾエに話しかけて来る。
ボボを触りたい子供もいたので、しばらくフェンスの前に居た。
「ゾエはママとお散歩できていいねー」と言われながら、名残惜しそうにフェンスの向こうから手を振る子どもたちをあとに、家に戻った。
お天気はまずまず。水曜日にはJPの両親がやって来る。そして子どもたちを旅行に連れて行ってもらうことになっている。
春休みが来た。
一年でいちばんすてきなお休みだ。
4月24日と25日はノエミが乗馬の講習会があるというので、静かだった。
ゾエと公園を散歩したり、植物や動物を売っているスーパーに行って、植物園と動物園に遊びに行ったような気分になれた。
屋外にある、家畜のコーナーは、門が閉まっていた。
中国から来るカゼ菌のせいで、鳥や家畜が危ないといううわさなので、動物を飼っているような公園は閉鎖されている。
ノエミとゾエはネズミやハムスターに憧れていて、このスーパーに行くのが好きだ。行ったら欲しがるが、買ったらボボのエサとなり得るので、買ってあげられないし、籠の中で飼う動物は好きじゃない。
だいたい三歳の子供が鳥かごの掃除とか、毎日の餌やりとかできるわけがないので、そんなペットを飼ってしまったら、私がイケニエとなるに決まってる。
ボボを連れて幼稚園の前を通ったら、共働き家庭の子どもたちが、幼稚園に預けられていた。
子どもたちがフェンスに集まって来て、ボボとゾエに話しかけて来る。
ボボを触りたい子供もいたので、しばらくフェンスの前に居た。
「ゾエはママとお散歩できていいねー」と言われながら、名残惜しそうにフェンスの向こうから手を振る子どもたちをあとに、家に戻った。
お天気はまずまず。水曜日にはJPの両親がやって来る。そして子どもたちを旅行に連れて行ってもらうことになっている。
春休みが来た。
一年でいちばんすてきなお休みだ。
2006/04/20
消えた過去と、待っている未来
いきなり気づいたが、操作の手違いで、11月と12月の日記を消してしまった。
ショックで腰が抜けた。
もしも、もしも、もしも、どこかに、私の日記を保存しているような人がいたら。。。いないだろうけど。。。私にお知らせください。プリントアウトしたものでもいいですので。
ーーーーーーーーーーーーーー
4月20日に戻る。
木曜日だが、学校の役員の会議が開かれることになっていた。
夜の8時半から11時半ごろまで、出歩ける主婦はそうはいない。
だからいったい何人来れるんだろうか。
と思ったのだが、こういうことに決まっているんだから仕方がない。
夏休み直前に開かれる、学校のお祭りの話し合いだ。今回に限り、役員でない母親たちも来てください、手伝ってくださいというチラシが回されていた。
なのに、集まったのは20人にも満たず、しかも、いつも来ている役員のメンバーだけだった。
役員には役員の仕事がすでにあるので、今回は、一般からボランティアを募って、仕事を手伝ってもらう予定だった。
ということは、つまり、役員以外のボランティアは一人もなし。
ということは、つまり、お祭りが開けない。
このお祭りはロトくじの時のように、持ち寄りのケーキなどを販売したり、ゲームをして子どもたちにプレゼントをあげたり、バザーで物を売ったり。。。まあ、お金が要るお祭りなので、全員参加というわけにはいかない。経済的に無理な家庭もあるかもしれない。
学校は公立だが、お祭りをやったりするお金は、教育委員会からはもらえない。
だいたい、教職員不足で、遠足も、文化祭も、発表会もないのだから、母親の力でこのようなお祭りぐらいはやって、小銭を稼いで学校に寄付するしか方法がない。ロトくじで上げた収益金で、幼稚園ではサーカスのピコチーユ一座を招待することができた。
子どもたちは歌や踊りを習い、曲芸も習い、締めくくりにはサーカスに招待され、とても楽しい一週間だった。ロトくじ収益金のおかげだ。
ボランティアがいなければ祭りは運営できない。
ボランティアがいなければ学校の運営が滞る。
なんてことだ。
春休みが明けてから、また新しくチラシを配り、校門の前で個人的に知っている人を《とっつかまえて》泣き落としで手伝わせるしかない。嫌われるの大覚悟だ。
私は折り紙のスタンドをすることになっている。成功させる自信がある。すでにこのような折り紙のスタンドは何度もやったことがある経験者だから。
ゾエの友達のアントワンくんのお母さん、モーガンが、私のスタンドを手伝ってもいいと言ってくれているが、大変な仕事だから、大好きな友達にはあまり手伝わせたくない気もする。
それにしても、どうしてみんな会議に出て来ないんだろう。
自分ひとりでは力になれない、と思っている人たちがたくさん集まったら、きっと何かができると、私は信じている。
こういう時にフランス人は「ヌ・パ・ベッセー・レ・ブラ」と言う。「ブラ」は腕のことで、直訳すると「両腕をおろさない」つまり、一度きつく握った拳を振り上げたら、簡単に下ろしてしまわずに、闘い続けるということだ。
エイエイオーのあのコブシだ。
私の一人の姉は、人に優しすぎて自分には厳しいために苦労している。
もう一人の姉は、人にとっても厳しいかわりに、自分にはもっと厳しいから苦労している。
私は人にも優しく、自分にはもっと優しいので、何かと苦労している。
あまり拳を握って振り上げたことがない。平和がなによりな日だまり人間ながら、ちょっと祭りごとには気合いが入ってしまう。
子供のため(だけ)にがんばっているんじゃなくて、自分が(も)折り紙スタンドのスターになる日を夢見てがんばっている。
自分のためになると思えなければ、くじける。
算数はとんと弱いくせに、これでもけっこう計算高いんだろうか?
子供のためだけに生きることや、学校のやり方に絶望している母親たちが、お祭りでどんちゃん騒ぎをやるゾーという軽い気持ちで来てくれたら、どんなに楽しかろうと思う。
義務感だけでお祭りに行っても面白くない。
ショックで腰が抜けた。
もしも、もしも、もしも、どこかに、私の日記を保存しているような人がいたら。。。いないだろうけど。。。私にお知らせください。プリントアウトしたものでもいいですので。
ーーーーーーーーーーーーーー
4月20日に戻る。
木曜日だが、学校の役員の会議が開かれることになっていた。
夜の8時半から11時半ごろまで、出歩ける主婦はそうはいない。
だからいったい何人来れるんだろうか。
と思ったのだが、こういうことに決まっているんだから仕方がない。
夏休み直前に開かれる、学校のお祭りの話し合いだ。今回に限り、役員でない母親たちも来てください、手伝ってくださいというチラシが回されていた。
なのに、集まったのは20人にも満たず、しかも、いつも来ている役員のメンバーだけだった。
役員には役員の仕事がすでにあるので、今回は、一般からボランティアを募って、仕事を手伝ってもらう予定だった。
ということは、つまり、役員以外のボランティアは一人もなし。
ということは、つまり、お祭りが開けない。
このお祭りはロトくじの時のように、持ち寄りのケーキなどを販売したり、ゲームをして子どもたちにプレゼントをあげたり、バザーで物を売ったり。。。まあ、お金が要るお祭りなので、全員参加というわけにはいかない。経済的に無理な家庭もあるかもしれない。
学校は公立だが、お祭りをやったりするお金は、教育委員会からはもらえない。
だいたい、教職員不足で、遠足も、文化祭も、発表会もないのだから、母親の力でこのようなお祭りぐらいはやって、小銭を稼いで学校に寄付するしか方法がない。ロトくじで上げた収益金で、幼稚園ではサーカスのピコチーユ一座を招待することができた。
子どもたちは歌や踊りを習い、曲芸も習い、締めくくりにはサーカスに招待され、とても楽しい一週間だった。ロトくじ収益金のおかげだ。
ボランティアがいなければ祭りは運営できない。
ボランティアがいなければ学校の運営が滞る。
なんてことだ。
春休みが明けてから、また新しくチラシを配り、校門の前で個人的に知っている人を《とっつかまえて》泣き落としで手伝わせるしかない。嫌われるの大覚悟だ。
私は折り紙のスタンドをすることになっている。成功させる自信がある。すでにこのような折り紙のスタンドは何度もやったことがある経験者だから。
ゾエの友達のアントワンくんのお母さん、モーガンが、私のスタンドを手伝ってもいいと言ってくれているが、大変な仕事だから、大好きな友達にはあまり手伝わせたくない気もする。
それにしても、どうしてみんな会議に出て来ないんだろう。
自分ひとりでは力になれない、と思っている人たちがたくさん集まったら、きっと何かができると、私は信じている。
こういう時にフランス人は「ヌ・パ・ベッセー・レ・ブラ」と言う。「ブラ」は腕のことで、直訳すると「両腕をおろさない」つまり、一度きつく握った拳を振り上げたら、簡単に下ろしてしまわずに、闘い続けるということだ。
エイエイオーのあのコブシだ。
私の一人の姉は、人に優しすぎて自分には厳しいために苦労している。
もう一人の姉は、人にとっても厳しいかわりに、自分にはもっと厳しいから苦労している。
私は人にも優しく、自分にはもっと優しいので、何かと苦労している。
あまり拳を握って振り上げたことがない。平和がなによりな日だまり人間ながら、ちょっと祭りごとには気合いが入ってしまう。
子供のため(だけ)にがんばっているんじゃなくて、自分が(も)折り紙スタンドのスターになる日を夢見てがんばっている。
自分のためになると思えなければ、くじける。
算数はとんと弱いくせに、これでもけっこう計算高いんだろうか?
子供のためだけに生きることや、学校のやり方に絶望している母親たちが、お祭りでどんちゃん騒ぎをやるゾーという軽い気持ちで来てくれたら、どんなに楽しかろうと思う。
義務感だけでお祭りに行っても面白くない。
2006/04/16
ボボにタマゴを盗まれる
日曜日。剣道の講習会は引き続き行われていたのだが、命を張ってまで剣道に行ってもしょうがない。。。というぐらい、足の裏がまめだらけ。ひっさしぶりに行って苦労するのは、筋肉痛ばかりではない。ちなみに筋肉痛は、初日にお酢を一気呑みしたおかげか、ほとんど感じられない。
普段はどんなにまめができても、稽古をしている時には気にならないし、少々痛くてもやる。わたしは、マメぐらいでは愚痴を言わないのだ。でも今回は両足で合計五つもできたうえに、1個は半径4センチもあって、元立ち(といって、自分より下の人たちに掛かって来ていただく。そして稽古を付けてあげることになっている)に立ちながら、大した動きができないので、申し分けないやら恥ずかしいやら。。。だから、最終日は車のせいにして行かなかった。
へへへ
車はたしかにものすごい音を立てていた。夕べも帰って来れないんじゃないかと思った。
結局週明けにガレージに持って行ったら、車輪の辺りに異常があって、部品交換をしなければならず、360ユーロも払った。JPがガレージの人に「これでトゥールーズまで往復したとは、危なかった。」と言われたらしい。じつはJPには秘密だけど、車がものすごい音を立てていたのは「一往復」ではなくて「二往復」
へへへ。ないしょ。
「二往復」もして音には慣れてきていたから、あと一往復ぐらいはできるかなーと思わなかったわけじゃないが、そういう気持ちにはなんとか歯止めがかかった。
実はこの日曜日はタマゴを拾う日だったのだ。
イースター(フランスではパックという)のお祭りで、タマゴやウサギやニワトリの形をした、チョコレートを庭の草むらに隠して、それを子どもたちと拾うのが習慣だ。JPが売り切れるずいぶん前から、買ってきていて「日曜日にはママは剣道に行っちゃうから、パパとチョコレートを探そうね」と楽しそうに話していたので、どうにかしてタマゴ拾いを延期できないものかと、
歯ぎしりをしていたのだ。
チョコレートのタマゴは、この私が子どもたちと競い合いながら拾って、JPは写真を撮る、というのがおきまりだ。そうでなければ、私の分のチョコレートまで拾われてしまう。それはこまる。何が何でもこの日は家に居て、子どもたちよりも早起きをしなければならない。
数日前からの疲労で、ノエミに先を越された。
「早く起きないと、全部拾っちゃうよー」と庭から叫んでいる。
きゃあああああ。
ゾエと競って階段を駆け下りる。
ノエミはちゃっかり買い物かごをぶら下げている。
「ゾエの分のかごもあるよ」と言って待っていた。
タマゴやニワトリの形をしたチョコレートが、全部で1キロばかり庭に隠されていた。
もう拾い残しはないよねー。
あれ?ボボ、鼻先に銀紙ついてるよ。
「ボボにチョコレートのタマゴ、横取りされたよー」
トリュフという高価なキノコは、ブタか犬が匂いで探し当てる。それを探させようと思って森に連れて行ったボボは、やはり役立たずであった。
しかし、トリュフというチョコレートだったら、探し当てたうえに食べ尽くすんだろうか。
ボボもチョコレートが好きだとは思いもしないことだった。
ボボがサクランボウが好きなことは知っていたけど。
これからはチョコレートの隠し場所に気をつけなければ。
庭には探し残しはないだろう。
剣道にも行かず、チョコレートでエネルギー回復。
ま、いいか。
普段はどんなにまめができても、稽古をしている時には気にならないし、少々痛くてもやる。わたしは、マメぐらいでは愚痴を言わないのだ。でも今回は両足で合計五つもできたうえに、1個は半径4センチもあって、元立ち(といって、自分より下の人たちに掛かって来ていただく。そして稽古を付けてあげることになっている)に立ちながら、大した動きができないので、申し分けないやら恥ずかしいやら。。。だから、最終日は車のせいにして行かなかった。
へへへ
車はたしかにものすごい音を立てていた。夕べも帰って来れないんじゃないかと思った。
結局週明けにガレージに持って行ったら、車輪の辺りに異常があって、部品交換をしなければならず、360ユーロも払った。JPがガレージの人に「これでトゥールーズまで往復したとは、危なかった。」と言われたらしい。じつはJPには秘密だけど、車がものすごい音を立てていたのは「一往復」ではなくて「二往復」
へへへ。ないしょ。
「二往復」もして音には慣れてきていたから、あと一往復ぐらいはできるかなーと思わなかったわけじゃないが、そういう気持ちにはなんとか歯止めがかかった。
実はこの日曜日はタマゴを拾う日だったのだ。
イースター(フランスではパックという)のお祭りで、タマゴやウサギやニワトリの形をした、チョコレートを庭の草むらに隠して、それを子どもたちと拾うのが習慣だ。JPが売り切れるずいぶん前から、買ってきていて「日曜日にはママは剣道に行っちゃうから、パパとチョコレートを探そうね」と楽しそうに話していたので、どうにかしてタマゴ拾いを延期できないものかと、
歯ぎしりをしていたのだ。
チョコレートのタマゴは、この私が子どもたちと競い合いながら拾って、JPは写真を撮る、というのがおきまりだ。そうでなければ、私の分のチョコレートまで拾われてしまう。それはこまる。何が何でもこの日は家に居て、子どもたちよりも早起きをしなければならない。
数日前からの疲労で、ノエミに先を越された。
「早く起きないと、全部拾っちゃうよー」と庭から叫んでいる。
きゃあああああ。
ゾエと競って階段を駆け下りる。
ノエミはちゃっかり買い物かごをぶら下げている。
「ゾエの分のかごもあるよ」と言って待っていた。
タマゴやニワトリの形をしたチョコレートが、全部で1キロばかり庭に隠されていた。
もう拾い残しはないよねー。
あれ?ボボ、鼻先に銀紙ついてるよ。
「ボボにチョコレートのタマゴ、横取りされたよー」
トリュフという高価なキノコは、ブタか犬が匂いで探し当てる。それを探させようと思って森に連れて行ったボボは、やはり役立たずであった。
しかし、トリュフというチョコレートだったら、探し当てたうえに食べ尽くすんだろうか。
ボボもチョコレートが好きだとは思いもしないことだった。
ボボがサクランボウが好きなことは知っていたけど。
これからはチョコレートの隠し場所に気をつけなければ。
庭には探し残しはないだろう。
剣道にも行かず、チョコレートでエネルギー回復。
ま、いいか。
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