2010/03/05

「ツイテナイ」 思った時が 運のつき

 わたしにしては
 なかなかのでき

 財布をなくした。先週の金曜日、朝市で。
パン屋さんの行列に並んでいた時には、左手の親指と人差し指に1ユーロを握って、お財布は右手にあった。お財布から10ユーロを出して、ゾエにパスタを買うように頼んだ。ゾエがその10ユーロをひったくるようにつかんで、人ごみの中どんどん歩いて行くJPのあとを追いかけていったのを覚えている。

 パンを買って、財布はパンといっしょに買い物カゴに投げ込んだ。それもちゃんと覚えている。

 そのあとは、手芸屋さんとかばん屋さんの屋台をぐるっと回ったが、そこでは何も買わなかったので、お財布もカゴから出さなかった。お財布を出さなかったので、お財布をどこかに置いたはずもない。そんな覚えはまったくない。
手芸屋さんとかばん屋さんは、ガンベッタ広場のバス停の前にあって、立ち止まったのはそこだけ。

 小銭しかないことがわかっていたので、ガンベッタ広場の向こう側の、ジャン・ジョレス広場にある銀行で、現金をちょっとおろそうと思ったら、カードの入っているお財布がカゴからなくなっていた。パンの横に大きなスペースができていて、どんなに探してもお財布は出てこない。

 ガンベッタ広場とパン屋さんにも戻ったけれども、お財布は見つからなかった。
手芸屋さんには冷たく「そんなもの見てるわけがない。忙しいんだから。」と言われ、
かばん屋さんには、「降り出した雨でそれどころじゃない。」と言われた。
なので、警察に行った。

 警察官に
「お財布をなくしたみたいなんですけど、誰か届けてくれていませんか」
と訊いたら、
「なくしたんじゃなくて、ピックポケットでしょ。」と言われた。わたしのすぐ前に二人、ガンベッタ広場でスリに遭ったと確信している人が、事情聴取を受けていた。わたしの後ろからも次々そういう人が来たし、警察の電話もじゃんじゃん鳴っていた。

 お財布の中には、番号を間違ったせいで機械に吸い込まれ、いろんな経路で5週間近く掛かってや〜〜っと戻って来たばかりのクレジットカードや、日本の千円札、保険証、図書館のカード、切手、子どもたちの写真など。そのほかに、スーパーの点数カードや、それから、一番厄介なのは、《滞在許可証》。《外国人が持つ身分証明証》だ。現金は3ユーロぐらいしか入っていなかった。

 惜しいのは、去年亡くなったJPのおばさんがくれたチュニジアのお守り、日本の神社でもらった大吉のおみくじ、東京の高級レストランで食べた鴨肉の中に入っていた鉄砲玉(ラッキーを運ぶと言われてる)などの《縁起もの》。
 JPからは、効き目のないお守りだったんだから、手から離れてよかったんだと言われた。
縁起ものがたくさん入った、しかも、縁起の良いという日にわざわざ買った、お札を曲げずに入れることのできる細長いお財布で、これからますます溜まることが期待されていたので、わたしはちょっとへこんでしまって、つい、
《あ〜あ、ついてないなあ〜》
と嘆いてしまったのである。

 ついでに、去年の秋頃から、何かにつけて「試されてるな〜」とか「困らせられてるな〜」と感じさせられた数々の出来事や、今年はミーさんといっしょに日本に帰れなかったことや、転んで怪我したことや。。。。いろんなことがよみがえってきて、つい
「ヤッパリ、このごろのわたしは、ついてないな〜」
と思いはじめていた。思いはじめたことに今日気づいた。

 お財布をなくしたことに関しては《ツイテナイ》のとは全然違う。これはわたしの油断であり、隙があってのことで、もう少し自分の持ち物に対する意識がまともだったら、スリ対策は自然にできたのだと思う。
 転んで怪我をしたことも、日本に帰れなかったことでさえ、自分がツイていたかどうかには、あまり関係がないだろう。


 緩んだ気を引き締めなければならない。開いた口から、次々に運まで出て行ってしまわないように。

 「ツイてるな〜」と感じる時のほとんどは、本当に運がよかったのだと思える不思議なことが多いような気がする。そして、わたしは楽天家だからか、本当に運がよい人間であるからかしれないが、これまでも、「ツイテルな〜」と思うことが多かったように思う。いつも誰かなにかに助けられて、ここまで歩いて来たように思う。これは確かにそうだ。
 「ツイてないな〜」と思う時、ほとんどの場合、距離を置いてその事件を振り返ると、自分の油断や、隙や、準備・努力・根性の不足や、思いやりに欠けていた人間関係のせいであるように思う。
 「ツイてないな、でも、まあ、仕方ないや」
と諦めることがらであるかどうか《事件》の質にもよるのかもしれないけれども、自然の現象や、お月様の不思議な力で起こったことでなく、いっしょに社会を動かす誰か他人のせいかと思うと、やっぱり気持ちは晴れやかにならない。なので、悪い誰かの意識のせいで、自分のものをもぎ取られたのだと思うよりは、自分の心にできた邪悪な油断のせいで、無くしたんだ、これは自然現象だ。。。などと思えたらどんなに気が楽だろうと思う。

 現実は、クレジットカードの再発行に掛かるお金20ユーロ近くだの、身分証明症は70ユーロだの。。。身分証明書が無いのならXXはできない。。。などなど。。。いろいろ困ってしまっている。3ユーロだけ引き抜いて、ほかの中身はそっと返してくれないだろうかと思って、毎日毎日待っている。わたしが大事にしていたお守りたちに、誰かが痛い目に遭わされないうちに。。。と思って、誰かのために祈ってる。

 その誰かは、わたしに取り憑かれてしまっているのだ。そして今ごろ「盗んだ財布に、すこしながらもお金が入っていた。これはツイてるぞ。」と思っているであろうその誰かが、大きな間違いをしていることに気づくまで、わたしの念は、その人に取り憑く。
どちらかというと「自分はいつもツイてる方」と鼻歌を歌いながら歩いているような、浅はかな人間なので、誰かに意識的に取り憑かれてるかもしれないと思うとちょっと怖い。気をつけよう。

4 commentaires:

marc a dit…

またまた災難でしたねぇ。
スリってほんとにいるんですね。
私は一度も被害にあったことがないので実感がないです。
Jardin du Luxembourgで昼寝してても何も事件がおきないのは、見た目があまりにもみすぼらしいからでしょう(笑)
みのりさんの話を読んで、Les Rendez-vous de Parisを思い出しました。
みのりさん、ハンサムな男の子につきまとわれんたじゃないですか?

minori a dit…

 《災難》ていう言葉もあるんですねえ〜〜。marcさん、お優しいですねえ。家人からは、《間抜け》とか《隙だらけ》と言われております。スリは生まれてはじめてです。 娘からは「前にも置き忘れたことがあるから、絶対にスリじゃない。」と言われます。
 ハンサムどころか、男子につきまとわれたことはありません。わたしは執念深くつきまとうなのです。ははは
 marcさんは今もパリの公園でお昼寝されるのですか?

marc a dit…

昼寝しようと思ってしてたわけじゃないんです。
学生の頃の私は、ポカポカと暖かな午後に公園で宿題でもするかぁ、と本を広げるとなぜか自然と眠くなる特異体質だったんです。
直前に買って食べた、近所の肉屋のダンドのブロシェットで満腹になっていたのも一因かもしれませんが。
現在は悪化して、むずかしい本を広げなくても、満腹でなくても、暖かな昼下がりの公園に行くと眠くなるようになってしまいました。
Jardin de la Somnolence

maki a dit…

初めまして、トゥールーズで検索してたらたどり着いちゃいました。同じ方向に住んでるのかなってドキドキしながら、Carmaux検索しちゃいまいした。違う方向でした。
スリ・・私は、まだないですね。
フランスでは、外に出る時は、常に人に警戒してる私なので・・
また遊びにきます。