2010/11/23

ジジのエジプト旅行



 3冊目の翻訳の本が出来上がりました。
11月下旬には書店に並ぶ予定です。
よろしくお願いいたします。

 あらすじ

 予定のない夏休み。なのに、クラスのみんなに「エジプトに行きます」と嘘をついてしまったジジ。
それを信じたクラスメートからは、スター扱いをされるし、質問をされるし、おまけに先生からは「新学期にレポートを出してね」と言われてしまう。困っていたら、同じく「中国に行く」と嘘をついたライバルのモーからの、ものすごいアイディアが!
 ジジとモーのエジプト旅行が、いよいよパリからスタートする。どんなエジプト旅行が待っているのか!?

前2作に比べると、ユーモアたっぷり元気なお話です。楽しいエジプト旅行になりますように。

2010/11/21

おねがい

 親戚、友人、知人のみなさん

こんにちは。お久しぶりです。

パソコンの故障により、いろいろな情報や、メールアドレスが消えてしまいました。
みなさんのメールアドレスは、プリントアウトして記録に残っているものもありますが、最近アドレス変更のお知らせをくださった方や、最近になって連絡をくださった方のメールアドレスの一部が残っていません。メールをください。ついでにみなさんの近況もお知らせください。

わたしたちは夏に帰国する予定です。お会いできたらいいですね〜〜。

        みのり

2010/11/01

ケーキ屋さんでの職場実習

 調理師の資格をもらうための学校に通っている。10月4日から通っているので、もうすぐ丸一ヶ月続いたということになる。我ながらがんばっている。3週間目からは、栄養学や調理実習や経理などなどのほかに、フランス語と英語と数学と地理歴史まで加わった。調理実習だけやりたいのに、余計なものまでいっぱいやらなきゃならず、ちょっと学校が嫌になっていたところ、4週目と5週目は、職場研修になっているので救われた〜。

 クラス10人のうち、学校のあるアルビ市から通っているのはわずか2人、みんな30分以上掛けて登校している。カーモーからはわたしのほかにトルコ人のアナンが来ているので、わたしたちは仲良くいっしょに登校する。アナンは、22歳で前にも別な調理師の学校で別な免許をもらっている。職場研修もしたことがあるので、調理実習の時間はあっという間に仕事を終わらせ、わたしのことを手伝ってくれる。ほかに仲良しはエリックというわたしと同年代の男性で、彼はサッカーのほかに柔術をやっているので、話が合う。エリックは携帯電話のモトロラの会社で重役をやっていた人なのに、調理師に転職しようとしている。調理実習のために来ている調理の先生2人も、柔道と柔術をやっている人たちなので、わたしたち4人は『若くないもの同士』話が合う。ほかの人たちも若いながらも各地で苦労した人たちで、若いのにけっこうしっかりしている。みんなあっという間に研修先を見つけた。アナンはアルビの中心街にある小さなレストランで、エリックはピザ屋さんだそうだ。エリックが目標にしているのは老人ホームの食堂なので、次回の研修先は老人ホームをあたる予定らしい。ケーキ屋さんで実習するのはわたしだけだ。

 ずっと前ミーさんに、「製菓学校に通いたい。お菓子づくりに興味があるので、アルバイトでいいからミーさんのお店で働かせてください」と言ったら、「主婦の片手間にできることじゃないんだぞ。甘くみるな」と叱られた。わたしはとっても本気だったのだけれども、ミーさんは、わたしが主婦の片手まであれこれやってると思っているので困る。どちらかというと主婦業はほとんどやってない。いろんなことの片手間に主婦業をやっているといっても過言ではなかろう。主婦業にたどり着くまでにやることがいっぱいある。ただ働きで成果を認められにくい主婦業をちゃんとやっている主婦たちのことを、わたしはとても立派だと思うし、深く尊敬している。

 ところで、ほんとうに調理師の学校に入学してしまったので、ミーさんは最初はびっくりしていたが、やる気を買って喜んで遣ってくれるという。(どうせ、お給料はあげなくてもいいんだしねえ〜)
 けれども、学校の方はいちおう『製菓』ではなく『調理』なので、ケーキ屋さんでの研修と言ったら学校の方で嫌な顔をされた。生ものの仕込みや、保存の方法、もちろん調理をやらなきゃダメなのだ。でもどうしてもミーさんのラボで働きたかったので、5回の研修のうち1回目は「デザートを学ぶ」という建前で、ケーキ屋さんのほうで働かせてもらうことになり(じつはチョコレートのラボに行きたいんだよなあ〜)、そのほかの研修は、ミーさんのお友だちの高級レストランで研修させてもらうことになった。ミーさんが直接電話を掛けて、「今から行かせる。わたしの友達なので、親切にしてやってくれ」と言ってくれたので、お昼の忙しい時間に押し掛けたにもかかわらず、大変親切に受け入れてもらえた。クリスマス前後の三週間は、このレストランで働くことになっている。シェフはオランダ人。斬新なヌーベルキュイズイーヌという分野のレストランで、お金持ちとスノッブしか入らない高級なレストランだ。わたしは日本からのお客さんを接待するために、何度もこのレストランにミーさんのお供をさせていただいた。このようなクリエイティブなレストランで野菜の切り方などを習いたいと思っていたので、次回の研修をとても楽しみにしている。

 さて、ミーさんのケーキ屋さんの工房は、5時からスタートする。でも、「あんたは家庭があるんだから、好きな時間に出てきなさい」と言ってくれ、職場の人もわたしのことを『社長の個人的なお友だち』と思っているらしいので、なにも言わない。シェフのフィリップさんも、わたしには怒鳴らない。いいのかな〜と思う。フィリップさんに「5時に出てきましょうか」と言ったのに、「7時でいいですよ」と言われ、わたしは特別に7時から出勤している。フィリップさんはわたしと話す時には声のトーンが落ち、ていねいな言葉遣いで話す。いいのかな〜と思う。今朝などは、社長が自分よりも先に出てきていたので、いいのかな〜と思った。ミーさんがまさか7時前に仕事に出てくるとは思いもしなかったもので、油断をしてしまった。今日お店に出たサントノーレはミーさんの作品だ。すごいなあ。世界一のサントノーレだぞ。食べたかったなあ。

 5時からスタートした工房では、前日に仕込みの終わっている注文品を、9時頃までに仕上げて、4.5カ所のミーさんが経営している商店に配達される。だから結構な数になる。きょう働いていたのは7人だった。全部で10人で作っている。パンは別な工房から配達される。このごろにはクリスマスのケーキの元になるものをできるだけ作って冷凍できるものは冷凍室へ。。。という動きになっているので、なにやらとっても忙しそうだ。わたしが出勤する7時頃から納品の終わる9時頃までは戦場と化していて、フィリップさんが怒鳴りまくっているので、わたしはできるだけフィリップさんを避けて、見習いさんや仲良しのステファンなどに「何かできることない?」とささやきながら、あっち行ったりこっち行ったり、多くの場合洗い場で洗い物をしたりなどして逃げている。いいのかな〜、お菓子づくりを習わなくて?
 
 10時の納品が終わると一度しーんとなる。コーヒーの香りが漂い、冷蔵庫からいろんな物が出されて、みんなの朝食の時間となる。みんなだいたいケーキの失敗作や、パンにバターを塗ったサンドイッチなどを食べている。わたしは出勤前に朝食を取る時間があるし、しかも遅れて出勤しているので、いちおう遠慮して隅っこでコーヒーをちびちび飲む。たまにでき損ないだけど世界一の味のケーキをつまむ。たまに、製作中のケーキのクリームをなめさせてもらっている。幸せな職場だ。みんなすでに5時間ぐらい働いたあとなので、疲れて無口になっている。

 朝食が終わると、いよいよケーキやお菓子の作成に入る。翌日の注文品の仕込みであったり、クリスマス用のものであったり、作り置き品の冷凍準備であったり。。。一週間の間に、タルトやケーキの作成にも参加させてもらった。果物を切り刻んだりする作業もあったので、実習のノートにある『包丁を遣いました』などの項目にチェックすることができてよかった。クリームの絞り袋がうまく使えず、グッチャグチャになって、しかも何時間も掛かったので、シェフのフィリップさんがわたしの後ろでうろうろしているのを感じてはいたのだが、とりあえず急ぎの作業ではなかったらしいので怒鳴られなかった。たぶん、ほかの職人さんだったら3分の1の時間で無駄なくやったのだろうと思う。急ぎじゃない仕事を与えられているのだと思う。 
 
 週末はトゥッサンといって、フランス式のお盆みたいな週末だったので、ケーキ屋さんは忙しかったのだが、わたしはミーさんから「主婦は週末には子どもの面倒を見ろ」と言われていたので、土日はお休みをもらっていた。子どもたちはナルボンヌのJPの両親のところに行っており、子どもの世話の必要はなかったのに、しっかり休みをいただいた。そこでわたしとJPは、ベルジュラックという、うちから4時間近く掛かる場所で行われた剣道の講習会に出かけた。
 泊まりがけの2日間剣道三昧で、月曜日にはちゃんと5時半に起きてケーキ屋さんで働いた。手足にマメだらけ、筋肉痛もひどいのに、大掃除の日だったので、大掃除をして12時には終わった。いつもは午後2時とか3時までやる。

 子どもたちもJPもいない家に帰って、指圧の追試が近づいているので、解剖学の復習をした。ケーキ屋さんでの職場研修が終わったら、栄養学の学科試験と調理の実技試験が待っているので、今晩は栄養学もやる。調理の実技練習は家族が戻り次第始まる。家人はすでに何度も何度も、学校で習ったシチューやタルトを食べさせられている。繰り返して覚えないと上手にならないので。材料の分量や調理の時間、タイミングなどを丸暗記しなければならない。楽しくやってないけど、調理の手際は良くなるかもしれない。なにからなにまで大変興味深い一日が、あっという間に過ぎて行く。

 フランスは冬時間になり、日本との時差が8時間になった。ベルジュラックに行く道すがら紅葉を楽しんだ。すっかり秋が深まっている。あと8週間で今年も終わり。学校は来年の4月まで続く。

2010/10/20

剣道講習会

 指導者資格をもらわなければならない。

 フランス剣道連盟から指導許可っていうのをもらったので、教えることに関してはあまり問題はない。三十年もやっているし、いちおう有段者なので、剣道に関する履歴書と、剣道に関するレポートを出して、フランス剣道連盟から許可証をもらっている。

 許可証をもらう時に、去年まで通っていた道場の先生の承認をもらわなければならなかったのだが、このごろはドレイ先生はすっかり道場に顔を見せないので、サインがもらえずちょっと困っていた。そうしたら、同じクラブのフレッドが、
 「みのりの先生は佐藤先生じゃないか。佐藤先生の名前を書いて出せば、フランス剣道連盟では簡単に許可が下りるはず」
と言ってくれたので、レポートに佐藤先生の名前を書いて許可をもらった。サインはなくても佐藤先生の名前だけで大丈夫だった。

 指導者資格は、十年前にもらおうと思って研修に出かけたものの、三回のうちの一回目の講習会に参加した直後に妊娠していることがわかり、けっきょく続いての二回の講習会に参加できなかったため、指導者資格免許ももらえなかった。

 研修はパリで行われるので、夜行の切符をずいぶん前に購入していたのだが、当日ストの影響で、予定していた電車が運行されなかった。しかも、そのストは延期されることが予想されたので、無理して電車でパリに出向いても、今度は帰って来れるのがいつになるかわからないという状況だったため、仕方なくベルナーに頼んで彼の車に乗せてもらうことにした。

 仕方なかったのだ。
ベルナーは、去年まで在籍していた剣道クラブのリーダー的存在。優しい顔をした商売人なれど、剣道の方は乱暴で何度も痛い目にあった。新しいクラブを起こそうと決心した一つの大きな原因でもある。彼は指導者資格試験にはこれまで関心がなかったし、誰かの教えを請うというつもりはまったくないようだったのに、わたしが申し込みをしたらベルナーもあわてて申し込んだ。ちなみに、この指導者資格免許は、『ボランティア教師』を育てるものなので、この免許をもらったからといって、お金を取って剣道を教える人はいない。でもベルナーは、指導者資格試験もないのに、剣道を教えている上に、私立の道場の先生なので、報酬をもらっている。うるさいことをいえば「違反」だ。

 ベルナーとの道中はさんざんだった。ただでは何もやらないという商売人。会社を二つやっているというエバッタ社長さん。美しい金髪女だけが好きな女ったらし。自分のことしか考えないエゴイスト。ブラックとアラブが大きらいな差別主義者。運転の仕方にも、会話にも、論議にも、わたしとは噛み合わないものがいっぱいあって、道中ずっとむかついていた。
 講習会では頼みもしないのに、先生たちの話に割り込んで自分の意見を言うし、自分の意見は述べても人の話は聞いてないし、乱暴なくせに「乱暴な剣道をする人が許せない」とか言うし、隣に居るのがものすごく恥ずかしかった。

 講習会では、剣道をする上で必要な解剖学的な知識と、授業をする上での方法についての授業があり、大変興味深かった。読むものがたくさんある。書くものも。二年前にこの試験に合格した友人たちが手伝ってくれるので、よいレポートを書けるのではないかと思う。

 木曜日の午後6時にアルビを出発し、ほとんどわたしが運転して、午前2時頃疲れてどうしようもなかったので、高速道路のパーキングに駐車した。車の中で寝て、7時に起き、9時からの講習会に出席した。金、土、日は朝9時から夕方6時までの講習会をうけ、日曜日の16時に切り上げて帰途についた。ベルナーはアルビまでしか送ってくれなかったので、夜中にJPを呼び出し、来てもらって、カーモーに帰り着いたのは1時頃だった。

 翌朝は8時からの授業だったけれども、家の中のことをやりたかったので学校は休み、午後から栄養学の講義に出た。

さすがにへとへとだ〜〜。

2010/10/11

学生に戻る

 10月4日から、学校に通っている。
ことの始まりは、『料理教室』を探していたある夏の日で、新学期の9月からどこかの料理教室に通えないかと思って、インターネットを見ていた。そして、料理の授業を見つけたのだが、その教室に入るためには、『職安』に登録されていなければならなかった。

 「職安」が、転職・免許取得を希望している人たち(失業者)を対象に、報酬つきの研修を企画していたのだ。つまり、授業料一切は職安が面倒を見てくれる。そして、わたしたちは、週に35時間学校で勉強しながら、最低賃金(時給8ユーロ)をもらうことができる。研修は10月から5月の終わりまでで、全部で14週間の職場研修がある。

 ことしは去年に引き続き指圧の授業も受けるし、剣道の指導者資格試験準備講座にも行かなければならないので、お金が掛かる。日本語レッスンはあるかないかわからないので、もっと定収に繋がる仕事を探していた折でもあった。なので、『学校に行って勉強する』ことのほかに、『ただで行って、そのかわりお金がもらえる』ということに惹かれた。しかも、習いたい習いたいと思っていたフランス料理を学校で習えるなんて、うれしい。

 しかし、ただの有閑マダムが通うようなただ料理をするだけの料理教室ではないので、調理学や栄養学や、数学(カロリー計算とか、はかりの使い方など)や英語(インターナショナルなレストランを目指し。。。?)もある。地理(フランス各地の料理について知らねばならない。特産品なども)や歴史(料理は文化、文化は歴史に繋がっているのだ)もある。そして、週に35時間の労働と言うと、たいてい朝8時から始まって、夕方6時とか8時とかに終わる。宿題もある。とにかく読むものが山のようにある。

 調理の時間に作ったものを1ユーロで買って持ち帰ることが許されているので、家に帰って料理をする手間が省ける。それは助かる。一日目などはタルト生地の作り方を学ぶ授業だった。キッシュとリンゴのタルトで、塩辛いか甘いかの違いで、使われている材料はほとんど同じだったから、試食する側にとってはおもしろくなかった。キッシュは、自分で作る方がずっとおいしかった。翌日は子牛のシチューでご飯がついていた。ご飯は見た目でわたしの作るご飯よりまずそうだったので、そんなものに1ユーロ払うのはばかばかしいから、シチューだけ持ち帰った。家人は「夜に肉なんか食べたくない」というので、ほかのものを作らなければならなかった。いちおう主婦なので、独身男性の参加者よりは、料理に関しては知っているようなのだが、でも、細かいことでこれまでミスをしていたんだと気づかされたことがいくつもあった。プロの先生に隠し技やコツを教えてもらえるのがうれしい。

 職場研修では、ミーさんが雇ってくれることになっている。ミーさんちのケーキを直伝していただくのだっ!!ずっと前に「調理師の学校に入りたい」と言ったら、ミーさんから、「バカなことを言うもんじゃない。甘くないんだぞ。主婦の片手間にできる仕事じゃないんだから」とこっぴどく叱られた。でも先日「料理学校の入学試験に合格しました」と連絡したら、「おめでとう!うちで雇ってやるぞ」と返事が来た。ほほお〜。雇って欲しくはないけど、ミーさんの技の直伝があるならば、行きますとも!

 とにかく、一日をどのようにやりくりするかが大きな課題。ほんとうに続けられるのかな〜。
今週は、木曜日に8時まで料理をして、ダッシュで家に帰り、9時の電車でトゥールーズへ行って、そこから夜行に乗る。パリに翌朝の七時に着いたら、ダッシュで会場に向かい、9時から剣道の講習を受ける。日曜日まで泊まりがけで剣道をやって、日曜日の夜夜行でパリを発ち、月曜日はまたダッシュで学校に行く。。。。いくらわたしでも、体力が保つのか。。。ちょっと心配。

さあ、寝よう。。。

2010/10/02

白悠会のお披露目

 いよいよ待ちになったお披露目の日。
この週は、ひどい天気だったので、土曜日にも雨が降ったらどうしようかと、そればかり考えていた。当日は、秋晴れの空の高い一日となった。手作りの旗が風になびいて、とってもかっこ良かった。

 白悠会の道場は45平方メートルしかない。幅が5メートル弱掛ける9メートルぐらいだ。剣道の試合場は9メートル掛ける9メートルが試合をする場所で、その周囲には畳などを置いてすわれる場所、歩き回れる場所があるのが普通なので、我が道場はほんとうにほんとうに小さい。
 「小さい道場だから、思うように稽古できるかな」と心配していたら、トゥールーズの友だちが「あとに下がらない剣道が学べるからいいじゃない」と言った。その直後に『道場』の床について調べものをしていたら、野間道場も細長い道場で、『後ろに下がらない稽古ができた』という記事を読んだ。なるほど、野間道場と同じか。。。野間道場はたしか長さが30メートルぐらいだったらしいのだけれども、年間三千人もの人が訪れて、稽古をしたというのだから、一人当たりの面積にしたら、わが道場の方が広々したものかもしれない。

 さて、お披露目の会には、はるばる遠方から、たくさんの友人剣士たちが来てくれた。泊まりがけで来た友人もいた。家族づれや恋人連れもいた。カーモーのママさん仲間や、通りすがりの人や、新聞を見て駆けつけた人もいた。なんともうれしいこと。一体どれくらいの人たちが、外から見物してくれたものかわからないが、道場で防具をつけていた有段者は、全部で25人だった。そして、わが道場の初心者たちも10人ぐらい来てくれた。有段者に混ざって、よく動いてくれた。

 駆け抜ける稽古をするために、道場の一番隅の隅に35人が固まりを作り、チュヴィ先生がかざす打ち込み棒に向かって道場を斜めに、すり足で駆け回った。こんな小さな道場で、35人ものツワモノたちをを走らせるとは。。。すごいなあ〜。

 うちの初心者たちは、わたしが防具一式を身につけたところを一回しか見ていない。防具一式をつけたものの、相手になって打ち込んでくるものがいないのだから、『打ち合い』というのも見たことがない。わたしが走り回るのも見たことがない。『剣道の普通の稽古』というものを、いままで一度も見ていなかった。だから、この日、有段者たちの掛け声や、走り回る姿や、汗を流す表情や、わたしがみんなを相手に打ちまくっている姿や(歓迎だから、みんなを打ちまくったのだ)、2メートルの相手に飛びかかっていく姿や、転んでも立ち上がる姿を見て、目を丸くしていた。

 お昼は道場の脇の庭で、テーブルを出して、みんなで持ち寄ったものを分け合って食べた。足りなかったらどうしようかと思って、前の晩に暗くなってから「やっぱりあと一品作ろうかな」とか「ちょっとビールとコーラを買い足した方がいいんじゃないの?」とか言っていたわたしだったのだが、JPに冷たい目で見られて、ものすごく不安な夜を過ごした。でも、みんながたくさん持ち寄ってくれたおかげで、食べ物はあふれるぐらいあって、残り物が出たぐらいだった。

 午後は場所を変えて、カーモーの柔道場で。畳の上での稽古となったが、形を中心にやった。模範稽古も行われた。ノエミが三歳の時に、わたしが剣道をしている間、道場の隅で子守りをしてくれた人の娘さんエロディーが、2歳の息子さんを連れて来てくれていたので、今度はわたしが子守りをした。エロディーは妊娠・出産・育児で三年間も剣道をしていなかったと言って、うれしそうに稽古に参加していた。

 夕方早めに切り上げて、夜は近所の中華レストランに繰り出した。剣道仲間と楽しいお食事となった。
 

2010/09/29

あふれるようなエネルギー

 たしかに、まだエネルギーはある。
なので、今日から居合道のお稽古にも行って来た。
じつは、剣道よりも居合道の方がずっと好きなのだ。でも、剣道よりももっともっと難しいし、よい先生につきたかったので、これまでもう15年以上も居合刀を振っていなかったのだ。わたしの居合刀は佐藤先生からのプレゼントで、先生が測って買ってくださった短い刀。身体にとっても合っている。そして、フランスじゃあ、あんまり見かけない、赤い鞘で、鶴が羽を広げた素敵な鍔がついている。

 剣道のお稽古が始まった時に、居合刀も持って行った。刀の仕組みと使い方がわかれば、竹刀の握り方や礼法に関する様々な事が、言わなくてもわかるようになるから。そうして、若い人たちは、《バンブーブレード》などのマンガのファンでいきなり刀を振り回せると思って剣道クラブに入ってくるので、刀をちらつかせると目が輝く。まるで一週間のお試しレッスンのあとには刀を振り回されるかのように洗脳。。。しないけれども、うんちくには役立つ。

 剣道と居合道は全然違う。でも、剣道をやった事もない人が、刀を振り回したいためだけに居合道をやっているのを見ると、《全然わかってない》と思う。剣道をやっている人は、居合道や抜刀道をやった方が絶対にいいと思う。目付や刃筋の理解に役立つので。

 剣道は一週間に二回の稽古で、わたしとJP以外はみんな初心者だ。だから、この四回の稽古で、わたしは一度も防具をつけていない。五回目の明日は防具を持って行って、面を打たせてあげるつもり。四回でやっと正面うちができるようになったので。

 パリで何十人という生徒を相手に教えている女友達が、そのクラブに代々伝わっているという、ある日本人の先生が書いて残された『年間指導計画表』というのをコピーして送ってくれた。そんな立派なものがあるのに、彼女は日本語がわからないので、役に立てていないという。もったいない。頼みもしないのにコピーして送ってくれた。だから、頼まれてないけど翻訳して送った。情報交換をできる相手がいるというのはとてもありがたい。これからも指導について助けてもらったり、応援しあったりしたい。

 ミクシーを通じて、剣道部の後輩二人からメールが来た。びっくりしたけれどもうれしかった〜。うちひとりのマコちゃんの方はお嬢ちゃんといっしょに剣道を再開したらしいので、なんともうれしく思った。出産して、歳もとり、何年ものブランクがあって、忙しい仕事と育児の合間に稽古に出ていっているとはなんとも頼もしい。学生時代とはすっかり身体の働きが変わっているはずなのに、学生の時に動き回った人は、どんな風に学生剣道を抜け出たらいいのか、はじめわからない。学生時代のように動けなくてイライラしたり、学生みたいに走り回って体力がもたなかったりもする。わたしもまったく同じだ。だからこんな感じでやったらいいよと、意見交換をする。

 トゥールーズに美恵子さんという剣道の友だちがいて、彼女も学生剣道をどうやって抜け出したらいいのかと苦戦している。歳もほとんど同じで、経験も、実績も同じようなものだ。なので意見を交換し合う。
 滋賀県に住んでいる姉も、おばさんになってから剣道を再開して、ハマりにハマっている。今度ゾエも剣道を始めたと言ったら、姪っ子たちのお古をいっぱい送ってくれたそうだ。姉とも意見交換をする。

 フランス人と結婚している日本人の友達の中には、二十代で日本を離れて四十代で茶道を始めた友達や、通信教育で書道を習い始めた友だちがいる。みんなに感想を聞くのが楽しい。みんな自分の中の日本を探しているような気がするし、自分の中の意外な日本を発見しておもしろがっているような気がする。剣道や居合道は、おそらく身体を使って汗をかくから、この歳になってもやってると言うと『すごいね、えらいね、体力あるね』と言われるのだが、わたしは茶道や書道のほうがずっと、精神力や集中力を使い身体を動かす事でごまかしたりしないので、剣道よりも身体は動かなくても、終わったあとふっと心地よい疲れのようなものがあるんじゃないかと思う。あの張りつめた緊張感の中に何時間も座ってジッとして修行をするのは、わたしにはできない、とってもすごいことだと思う。

 剣道と居合道のおかげで、夜テレビやパソコンの前にぼーっとしている暇がなくなった。

 さて、試験に合格したので、料理の専門学校に入学が決まった。来週の月曜日から来年の五月までの研修。来週からわたしは専門学校の学生になる。昼間も暇がなくなったので、来週からは買い物はJPがやってくれるそうだ。アイロン掛けもやってくれないかな〜〜と思う。剣道に行く体力はあるけど、アイロンの山を片付ける元気はちっともない。学校のはなしはまた今度。